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【最先端の学問的見地】2050年いったい何が起こるのか?無駄を排除しない世界を

 哲学者 出口康夫 

昨今、知識や価値の創造プロセスが大きく変化する中、企業の直面する社会課題の複雑性が増し、また、顧客や従業員の価値観の多様性が増しています。
その複雑性や多様性を本質的に理解するためには、多種多様な視点・視野・視座をもつ学問の力が必要であると、我々は考えています。
京都大学では、様々な研究が進められており、産学連携においても、ビジネスとアカデミアの化学反応をプロデュースする専門チームを組成、多種多様な技術、視点・視野・視座の社会実装を進めています。
今回、「最先端の知見へのアクセスを容易にし、イノベーション創発を支援したい」という想いから、産学連携情報プラットフォーム Philo-(フィロ)をオープンしました。
Philo-の活動の一環として、「最先端の学問的見地」としてアカデミアを牽引する研究者の声をお届けします。企業活動を捉え直すきっかけをご提供できればと考えております。
第1回目は文学研究科の出口教授が登場、哲学は、不確実な時代の羅針盤となるか。切り捨て続けてきた無駄にこそ創発のタネがあると出口先生は指摘します。                                 

Philo-

偶然の出会いが創発を促してきた

新型コロナウイルスの流行で、私たちの働き方、仕事に対するスタンスも大きく変わりました。

出口 本当に激変しましたね。私自身も、つい一年前までは毎月のように海外出張に出かけて世界中の研究者と直接顔を合わせていたのが、いまや数百人規模の国際会議ですらZoom会議になっています。今朝も朝の7時からマサチューセッツの研究者と遠隔ミーティングをしましたし、来月には午前3時からの遠隔シンポジウムで発表する予定も入っています。移動の手間は無くなりましたが、時間帯お構いなしにどんどん予定が入ってくる遠隔会議も大変ですね。

距離を飛び越えて、いつでもだれとでも議論ができるようになると、よいアイデアもたくさん生まれてくるような気がします。

出口 確かに定常的な仕事の効率化にはつながると思います。時間も含めた移動のコストも減り、空いた時間を別の仕事や家庭生活に振り分ければ、こなせる仕事の量や家族と過ごせる時間も増えるでしょう。ただ、遠隔化がそのままブレークスルーにつながるかというと、私は懐疑的です。

どういうことでしょう。

出口 リモート会議では、接続するといきなり本番の会議の席につかされて、パブリックな会話が始まることが多いですよね。時間や空間が整理ないし整序されすぎていて、無駄がないんですね。これがリアルな会議であれば、ちょっとコーヒーを取りに行った先で、たまたま出くわした人と世間話が始まり、今度またゆっくり話しましょうという次の約束に発展することもある。いわばパブリックとプライベートの中間にある「メゾ」(中間の、半分の意味。メゾフォルテ、メゾソプラノなど)の時間や空間があちこちにあって、それが新しい人間関係、ひいてはそこから生まれる従来にはなかった発想を生み出すうえで、実は効果的だったのだと改めて気づかされています。

リモートで人と会うことの物足りなさを定義されていましたね。

出口 遠隔環境でもある程度社会が回ることがわかってきました。けれども遠隔社会に対しては容易に言語化できない欠如感、欠損感が拭えない。その物足りなさを引き起こしている一つの要因は、「メゾな時空間」の喪失ではないかと思います。人間はそもそも「濃厚接触」する生き物です。その濃厚接触が行われるメゾな場で、我々は、よく知っている人やそうでない人も含め、たまたま出会った者どうしが「ここだけの話だけど」という枕詞で始まるコミュニケーションを繰り広げてきた。そうやって、まだ公になっていない新情報が受け渡され、その刺激を受けて新たな知が創造されるきっかけが生まれてきたのです。もちろん、本や論文を読んでも新たな知識を得ることはできます。しかし、そのような仕方で得られる新知識は、あくまで自分が以前から持っていたパースペクティブの延長線上にあることが多いのではないでしょうか。既存のパースペクティブを破る、大きなブレークスルーが起こるためには、あらかじめ予定や計算ができないメゾな場での偶然の出会いが重要な役割を果たしうるのですが、それは遠隔の環境ではまだまだ期待できないのではないでしょうか。

価値を提案する力

無駄が大切ということでしょうか。

出口 無駄なものとは、あくまで「これまでの価値観」のもとで無駄とされてきたにすぎない。たとえば全部行き先が決まった“出来合い”の旅行プランに乗っかって、絵葉書で見たことのある景色だけをなぞっても新たな発見はないでしょう。移動中に見かけたお店にぶらりと立ち寄ってみたり、町の人と立ち話をしたりという、まさに「途中」や「隙間」における出来事にこそ発見や気づきがある。なるべく「多くの」場所を「早く」「安く」見てまわる、オーバーツーリズムを引き起こした弾丸ツアーは、そういった「途中」や「隙間」の可能性を排除してしまっていたんですね。それは従来の価値観をなぞるだけの営みだったのです。

そう考えると、資本主義の歴史そのものが、効率優先で排除の繰り返しだったようにもみえます

出口 その通りですね。「できること」「できる人」を集約し、効率を極限まで高めていった。日本の企業は社会とくにそれが得意で、効率優先にシフトしすぎていたんだろうと思います。そうすると結局、真面目な人、秀才だけが社会的に生き残って、従来の価値観を打ち破る動きがなかなか表面化しない。その結果、どこの企業からも同じような製品しか出てこないし、世界を変える発想も出てこない。そういったやり方は、そろそろ限界なんじゃないでしょうか。

新型コロナは、考え方を変える好機になるでしょうか。

出口 むしろ、そうなるべきだと思います。その際には、「メゾな場」や「途中」や「無駄」、さらに言えば「踊り場」や「中二階」に目を向け、再評価するという試みも、やってみる価値があると思います。新しい価値観やコンセプトは、従来のカテゴリーの「隙間」に落ちていることが多い。企業としては、そういった隙間から取り出した価値観を、製品やサービスという形にして社会に提案していくべきでしょう。ウォークマンやスマートフォンは、それまでにない価値観や生き方を人々に提案して、それが社会に受け入れられたのだと思います。歩きながら音楽を聴くというライフスタイルなんて、それまでだれも想像したことがなかった。さかのぼれば「マイカー」も新たな価値観、生活スタイルの提案でした。移動の自由に手にするということに加え、車内というプライベートな空間にとどまりながら、公共の街並みを眺めつつ、その只中を移動していくという新たな生活のあり方を提案し、それが人々の暮らしや考え方を大きく変えていきました。

社会や世界のあり方は、5年先、10年先まではある程度予測できるかもしれません。しかしその先となると、将来いったい何が起こるか、何が受け入れられているのか、だれにも予測がつきません。30年先、50年先の未来は、客観的な予測の対象ではなく、一定の価値観にもとづいて、「こうあるべきだ」と提案していくしかないのです。日本の企業、社会、個人は、もっと未来の価値を提案する力をつけるべきだと思います。

徹底的な思考シミュレーションで概念を定義する

こういう時代の節目にこそ、哲学的な思索が求められているように求められているように思います。

出口 哲学が社会や企業に対して提供できる最大の、いやむしろ唯一といってもいい貢献とは「コンセプト」の言語化だと思います。新たな価値観やライフスタイルを製品やサービスとして提案するときに、豊かなイメージをともなったコンセプトを切り出す必要があります。その際には、そのコンセプトにふさわしい新しい言葉を編み出すことが重要です。哲学は、まさにそういった営みだと言えます。その意味では、哲学者はコピーライターに似ているのかもしれませんが、ひらめきだけでなく、一定のロジックにのせて、様々な思考のシミュレーションを繰り広げることで、コンセプトや言葉を練り上げ、互いに関係づけ、一つの大きな連関にまとめるのが哲学のやり方です。その中で、新しいコンセプトを、何千年にわたる哲学知の歴史の中で蓄積されてきた様々な文脈の中に位置付ける。それも非常に大切なことで、過去を継承しつつ、それとの差異を明らかにすることで、新たなコンセプトの立ち位置を示すことができるのです。

さまざまな理由で業態の転換を迫られている企業にとっても、こうした思考のシミュレーションは役立つと思います。業態をがらっと変えて生まれ変わろうとするとき、社員を一つにまとめる新しいアイデンティティをどう表現するのか。ここでも、コンセプトと言葉の力が必要とされているのです。

言葉の持つ力ですね。

出口 そうです。もっとも、コンセプトや言葉を人々の心に届けるためには、ロジックやシミュレーションだけでは不十分で、メタファーなどのレトリックを活用することも重要となります。そういった側面も含め、哲学には様々なツールやスキルが蓄積されています。そのような哲学知を、社会のみなさんには是非、活用して頂きたいと思います。

でぐち やすお

京都大学大学院文学研究科 哲学研究室教授。1962年、大阪市生まれ。専門は数理哲学、分析アジア哲学など。近代社会の価値観の基軸を作ったカントの哲学研究からスタートし、非古典論理を用いた新しい哲学的アプローチで東洋哲学を捉えなおす。名古屋工業大学講師などを経て、2015年から京都大学教授。

今後も「最先端の学問的見地」として、様々な分野の方の声をお届けしていきます。我々と一緒に、遠い未来像を思索し、世界的な諸課題をどう解決していくかについて議論しませんか? 
是非、一度お問い合わせ頂き、貴社と一緒にオリジナリティ溢れるプロジェクト企画ができれば幸いです。
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産学連携情報プラットフォーム Philo-では引き続き、アカデミアの新たな取り組みや、企業活動を捉え直すきっかけを発信していきたいと思っております。今後もご注目ください。

その他にもPhilo-運営主幹の京大オリジナル株式会社では企業、社会人の方向けの教育機関として、「京都大学OPEN ACADEMY」を開講し、多様な講座を実施しております。
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