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武田薬品から独立、大学の英知を取り込んで新たな抗がん薬を開発
コーディアは、現在、高度専門家と高い技術力により充実した研究開発体制を構築し、多くの事業会社とアカデミアの協業の元で、複数の新規抗がん薬の開発を進めています。また、コーディアは、武田薬品と京都大学の共同研究成果を活用して設立されたカーブアウトベンチャーであり、産学連携活動の発展型ベンチャーとしても注目されます。京都iCAPは、コーディアの活動支援を続けると共に、同社が開発する革新的な新薬が医療や患者に貢献する事を望んでいます。
京都大学イノベーションキャピタル株式会社 投資担当者より
Chordia Therapeutics株式会社(以下、コーディア)はがん領域の研究開発に特化したバイオベンチャー。武田薬品工業株式会社(以下、タケダ)の研究者6人が2017年、スピンアウトして設立した。設立から間もなく、京都大学イノベーションキャピタル(以下、京都iCAP)やタケダなどから約12億円を調達。その後もシリーズB、シリーズCと大型資金調達に成功している。起業の経緯や産学連携での研究開発模様について、共同創業者で研究をリードする森下大輔CSOと財務を取り仕切る久米健太郎CFOに聞いた。(聞き手:赤坂麻実 2022年9月取材)
研究に当たってきた抗がん薬の候補を信じて起業
自身のキャリアと会社を設立するまでの経緯を教えてください。
森下 私はタケダに入社して以来、一貫して新しい抗がん薬の開発に取り組んでいました。2013年に米国ボストンのハーバード大学医学大学院に留学し、新しい抗がん薬のコンセプトを模索し、2014年に帰国。京都大学の小川誠司先生(京都大学大学院医学研究科腫瘍生物学講座教授)、宮崎大学の下田和哉先生(医学部内科学講座血液・糖尿病・内分泌内科学分野教授)と共に、MALT1阻害薬の研究していました。リンパ球系の血液細胞のがん化に重要であるとされるMALT1の活性を阻害することで抗腫瘍効果を狙うものです。ところが2016年、タケダが研究開発拠点を再編し、がん領域の研究開発は米国ボストンに集約されることになりました。タケダの湘南研究所(神奈川県藤沢市)でがん領域の創薬に携わっていた社員は、会社に残って別の仕事をするか、他社に転職して研究開発を続けるか、あるいは起業して研究開発を続けるか、進路の選択を迫られ、私は「がん創薬ユニット」のトップだった三宅洋(現、コーディア 代表取締役社長・CEO)らと共に起業する道を選びました。
久米 私は2001年に日本政策金融公庫でキャリアをスタートし、内閣府への出向、コンサルティング会社などを経て、2014年にタケダに入社しました。2016年から、まさに研究開発部門の再編にも携わり、タケダの仕事としてコーディアを含めた複数のベンチャー企業の設立を支援しました。
タケダは2017年、研究者である社員による起業を支援するプログラムを用意し、三宅らはこれに応募して採択されました。2018年にはタケダが湘南研究所を「湘南ヘルスイノベーションパーク」として社外の研究者やベンチャーに開放し、コーディアも入居しました。私自身は2020年、コーディアに転職し現在までCFOを務めています。
起業を決意するまで、かなり悩まれたのではないですか?
森下 悩みました。起業以前にそもそも、日本の研究者はあまり転職しないんですよ。特に大企業に入社した研究者は同じ会社にとどまる傾向が強い。私も、定年まで勤め上げるだろうと漠然と思っていました。
しかし当時、自分たちが立ち上がらなければ、これまで研究していた抗がん薬の候補は日の目を見ないことになる。それがどうにも無念でした。われわれが取り組んできた研究は医薬品として見込みがある、そしてこれから自分たちの時間を掛けるに値する、そう信じてやってきたので。結局、その気持ちが決め手になりました。
三宅の人間的な魅力も、決め手の一つとなりました。最終的に私たちはタケダの元研究員6人で出資してコーディアを立ち上げたんですが、三宅が会社経営の考え方やスキルをみるみる身に付けてリードしてくれました。もともと彼はタケダで約60人ほどの組織を率いていて、仕事仲間の尊敬を集めていた人でした。
とはいえ当時は悩みに悩んで、京都iCAPの上野博之さんや室田浩司社長(当時)にも話を聞いてもらいました。思い出しますね、京都iCAPが入居している建物の4階のベンチ。
京都iCAPはコーディアの会社設立前から、経営陣のメンタリングや事業計画の策定コンサルなどをしていました。お役に立てたのでしょうか。
森下 もちろんです。コーディアの研究は京都大学(以下、京大)と密接なつながりがあるのですが、京大の研究室と共同研究を始めるとき、京大の助成金制度に応募する際などに京都iCAPにいつも相談に乗っていただきました。
久米 アーリー段階で資金とコンサルティングの両面で支えていただいたのが本当にありがたかったで すね。創業時ももちろんですが、次のラウンドで既存投資家が引いてしまうと資金調達の難易度がはね上がるので、シリーズB(2019年3月)をリードしていただいたことが大きかったと思います。
京大との対等なパートナーシップで開発加速
研究開発の内容について、簡単にご紹介ください。
森下 抗がん薬のパイプライン(新薬の候補品)が5つあります。といっても、先ほどお話したMALT1阻害薬は2020年末に小野薬品工業株式会社へライセンスアウトしたので、現在、自社で開発を進めているのは4つです。
1号パイプラインのCLK阻害薬「CTX-712」は、選択的汎CDC2様キナーゼ(CLK)によるセリン/アルギニンリッチ(SR)タンパク質のリン酸化を阻害し、遺伝子発現の重要なプロセスであるスプライシングの異常を誘導する薬剤です。がん細胞ではもともとスプライシング異常が起きているので、この薬剤でさらなるスプライシング異常を引き起こし、がん細胞に致死的な効果を与えるというコンセプトの薬剤になります。
現在実施中のFirst in human第1相臨床試験において、臨床的に許容される安全性と共に、卵巣がん、急性骨髄性白血病の被験者で抗腫瘍効果を確認しており、その旨2022年米国臨床腫瘍学会(ASCO)で発表しました。
他にCDK12阻害薬、GCN2阻害薬などがあります。この2つは第1相臨床試験を2023年以降に開始すべく進めています。われわれの5つのパイプラインのうち4つが京大との共同研究です。
京大との共同研究はどのようにして始まったのですか?
森下 きっかけは2015年、MALT1阻害薬の共同研究からです。米国留学から日本へ戻るとき、私はハーバード大学で見聞きした産学連携の在り方を日本で再現して、日本から新薬を生み出す新しい型を作ろうと考えていました。そこで、どの大学の誰と組むべきか、米国の著名ながん研究者たちから意見をもらって、京大の小川先生とやるべきだという結論に達し、共同研究を申し込みました。
共同研究をしながら、改めて小川先生がRNAスプライシングの分野で世界のトップランナーであることを実感し、CLK阻害薬の研究開発にも参画をお願いしました。コーディアの設立当初から小川先生には当社のサイエンスアドバイザーを務めていただいています。
また2018年、京大の産官学連携本部の「インキュベーションプログラム」に小川研究室と当社で応募し採択されて、それが当社の5つめのパイプラインの創出に繋がりました。さらに2018年5月、小川研究室と当社は京都大学大学院医学研究科に次世代腫瘍分子創薬講座を開設しました。新しいサイエンスを発見し、医薬品化に取り組む産学共同講座です。
コーディアの3つめのパイプラインであるCDK12阻害薬は、同じく京大の遊佐宏介先生(京都大学医生物学研究所生命システム研究部門教授)が英国ウェルカム サンガー研究所より帰国後まもなくして2年ほど話し合い、共同研究を始めました。国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の研究グラントにも採択されています。
MALT1阻害薬のライセンスアウト、CLK阻害薬の良好な中間結果と共同研究が実を結びつつありますが、産学連携がうまく運んだ要因は何ですか?
森下 一つは、目的が明確だということです。資金が潤沢な大企業では、もともと交友関係にある研究者・研究機関と目的が不明瞭なまま「何か一緒にやりましょう」と始まっていく共同研究もあります。これは正直、打率が低い。私たちは研究テーマ毎に最適なパートナーを選んで連携しています。加えて、相互の強い部分と弱い部分をお互いに理解した上で目標到達に向けた役割を適正化しています。こういった取り組みにより、われわれだけでは発見できなかったサイエンスを見いだすことができましたし、研究開発のスピードも上がりました。
二つめは、対等な関係を構築したことです。日本のアカデミアでは物事の真理を解明する基礎研究が高尚なものと位置づけられ、基礎研究の成果を実用化するための実用化研究は“邪道”のようにみなす傾向があります。ですので、産と学での共同研究となれば、企業側が従属的な立場に回りがちです。私は日本の産学連携にありがちな従来の関係性ではなく、あくまでサイエンティストとして対等に研究に取り組み、互いに言うべきことは言う関係性を築きました。
もちろん、そのためにはわれわれの科学レベルを大学側に示さなければいけません。小川先生との共同研究を始めた頃、私は週の半分は京都に滞在し現地で実験をし、われわれに何が出来るのか、その上で何を一緒にやりたいのか理解してもらえるように努めました。
起業に必要なのは「覚悟」と「人と連携する力」
会社としての今後の展望を聞かせてください。
森下 中期的な目標は、CLK阻害薬を患者さんのところへ送り出すことです。それができれば私たちは会社として売り物を手にすることになる。製薬会社になれるのです。
久米 われわれの定義では「製薬会社」とは、自分たちが開発した薬剤が世に出て、そこから収入が得られる会社を意味します。なので、自社で薬剤の製造・販売機能を持つということもオプションとして持ちつつも、ライセンス契約による製薬会社との提携などを、経済合理性を考えて柔軟に選択する考えです。
起業を考えている人に、アドバイスをお願いします。
森下 私は起業時も含め、重要な選択をする場面では、自分が自分を納得させられるか常に問いかけてきました。「これに懸ける」という覚悟が決まったからいろんなことをやり切れたし、逆に腹が決まらなければ何をやっても中途半端になっていたかもしれません。しっかり悩み抜いて、こうだと思えるものが見つかったら思い切り突っ走る。それに尽きるんじゃないでしょうか。
久米 やってみればいいと思います。会社を興した経験がないとか、その手の不安はつきものでしょうが、それはやりながら身についてくるものです。失敗しても、それでキャリアが台無しになったりはしません。ただ、自身が代表になって起業するなら、人を連れてくる力は必須だと思います。当社も三宅が研究者や投資家を集めて船出ができた。もし、1人でも2人でも人を巻き込めるメドが立ったなら、もう始めていいと思いますよ。
この記事は、京都iCAPのウェブサイトに掲載されたものです