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夢の「歯生え薬」で歯科治療に革命を

トレジェムバイオファーマ株式会社

ヒトは乳歯が生えて、永久歯に生え変わり、年齢と共に自前の歯が使えなくなれば入れ歯かインプラントになります。しかし近い将来、その当たり前はトレジェムが開発する歯生え薬によって変わるかもしれません。
京都iCAPは、トレジェムの革新的な新薬が先天性無歯症の患者の治療に貢献し、更に第3の歯の発生を実現することで世界中の人々に自分の歯で噛んで食べる喜びを与えることを期待して、トレジェムの活動を支援していきます。

京都大学イノベーションキャピタル株式会社 投資担当者より

歯が生える薬――。そんな画期的な治療薬の開発をトレジェムバイオファーマ株式会社が進めている。まずは、生まれつき歯が欠損している先天性無歯症の新たな治療法として実用化したい考えだ。先天性無歯症の原因の一つは、骨形成たんぱく質の働きを阻害する分子があるためとされる。そこで同社は、この分子の働きを抑制する薬を投与することで歯を生やすという治療法の確立を目指している。既にマウスなどで歯が生えることが確認されており、現在は動物を使った安全性試験を進めている最中だ。歯科医師であり共同で同社を創業した代表取締役の喜早ほのか氏と取締役・最高技術責任者の髙橋克氏に、これまでの成果と歯生え薬で描く未来像を聞いた。(聞き手:伊藤瑳恵 2022年10月取材)

ほとんど存在しない“歯の薬”、歯科医師が自ら開発へ

トレジェムバイオファーマ株式会社設立までのご経歴を教えてください。

喜早 私は、中学2年生のときに顎の骨の病気が見つかったことが人生の転機でした。京都大学医学部附属病院(以下、京大病院)で奥歯を2本失う手術をし、1カ月程、顎間固定をして口を開けることができない状態で入院していました。その時にお世話になった口腔外科の先生に憧れを抱き、歯科口腔外科医になりたいと思うようになったのです。2006年に歯科医師免許を取得した後は、希望して京大病院で研修をし、2008年に大学院に進学して髙橋先生の下で歯の再生の研究を始めました。研究がとても楽しかったので、結婚・妊娠・出産を経ても研究員として髙橋先生の下でお世話になり、2020年にトレジェムバイオファーマを立ち上げました。
髙橋 徳島大学歯学部を卒業後、京大病院の歯科口腔外科などを経て、大学院へ進学し、中西重忠教授の指導の下で分子生物学を学びました。当時は週に一度歯科医師として働きながら、週末も休むことなく研究に励んでいました。その後米国に留学し、顎顔面領域の発生生物学に関する研究に従事。帰国後は京大病院に戻り、国の研究費を獲得しながら歯の再生に関する研究を続け、2018年から京都大学が研究成果の事業化を支援するインキュベーションプログラムを経て最終候補化合物を絞り込めたため、2020年5月に歯生え薬の実用化を目指して起業することにしました。

喜早ほのか 代表取締役

歯科医師であるお二人が、なぜ起業を選択されたのですか。

髙橋 起業について本腰を入れて考え始めたのは、2018年に歯生え薬によってマウスの欠如歯が再生したことを確認した後でした。このまま研究として継続するか起業するか迷っていましたが、治療薬の開発を進めるには研究費だけではお金が足りなくなるのは間違いありませんでした。そこで、かねて私の“右腕”として研究を続けてきてくれた喜早社長と共に起業することを決意しました。

喜早 正直なところ、創薬に関する研究といえば、研究室での成果を製薬企業が事業化してくれるものだと思っていたのですが、当てが外れました。最近でこそ、歯周病で失った骨を再生させる薬が登場し始めましたが、これまで歯科に特化した薬がほとんど存在していなかったのです。製薬企業からも「うちでは歯の薬はやっていない」と言われることが多く、オファーの目途は立ちませんでした。それなら、自分たちで開発するしかないと思い、起業に踏み切りました。

起業したことでどのようなメリットがありましたか。

髙橋 会社を立ち上げたからこそ、お金だけではなく技術的な支援も集められることを強く実感しています。弊社の事業でいえば、安全性試験が得意な人や知的財産権の出願が得意な人、抗体を取得するのが得意な人など、さまざまな人に結集してもらう必要がありました。そんな時、契約を結べばすぐに技術的な支援が受けられるというのが企業ならではの強みだと思います。

髙橋克 取締役・最高技術責任者

喜早社長は歯科医師・経営者・お母さんの3つの顔をお持ちだと伺いました。両立は大変ではないですか。

喜早 最近では、切り替えも楽しくなっています。例えば、歯科医師として働いているときは、頭の中は目の前の患者さんの歯のことばかり。患者さんから改めて歯の大切さを学ばせてもらうことも多いです。歯科医療自体が日進月歩なので、技術をアップデートしながら診療できることも楽しんでいます。

子育てでは、家族と協力しています。改めて思い返すと、私の顎の骨の病気が見つかったとき、母がすごくショックを受けていたのが印象的でした。「母のせいではないのに…」と思っていましたが、母が責任を感じていた理由が、母親になるとより一層理解できる気がしています。臨床現場にいても、自分の子どもの無歯症が分かるとがっかりする保護者の方は多いです。そうした方の一筋の光になるような治療薬を作りたいと背筋が伸びる思いです。

歯の芽の発達を助け、歯を生やす

開発を進められている「歯生え薬」とはどのようなものか、教えてください。

髙橋 まずは、生まれつき歯が生えない先天性無歯症のうち、永久歯が育たずに6本以上の永久歯が欠如している場合を適応疾患として想定しています。ヒトの永久歯が先天的に欠如する原因となっているのは、骨形成たんぱく質であるBMPやWntの働きを「USAG-1」と呼ばれる分子が阻害しているためです。そこで、USAG-1の働きを抑制する成分を体内に投与することで、歯の芽(歯胚)の発達を助け、歯を生やそうと考えています。実際、マウスやビーグル犬、フェレットなどの動物に歯生え薬の候補となる中和抗体を投与したところ、歯が欠如していた箇所から歯が生えることが確認できています。

喜早 具体的には、薬を全身投与すると、歯堤があるところに歯が生えてきます。現在は、新薬候補物質である中和抗体を使って、マウスとサルを対象に臨床試験の前段階である非臨床安全性試験を行っているところです。2024年から先天性無歯症の治療薬として臨床試験を開始しようと考えています。

現在は先天性無歯症に対してどのような治療が行われているのですか。

髙橋 一般的には、義歯(入れ歯)やインプラントを入れる治療が行われています。ただし、未成年の患者さんは顎が成長する段階なのでインプラントではなく義歯を使います。義歯は顎が大きくなるのに合わせて作り変えなければなりません。治療は難しく、国内でもできる医師は限られています。私は成人の患者さんに治療をしたことがありますが、顎の骨の作りを治し、骨移植をしてからインプラントを埋入して噛み合わせを矯正して――と10年の時間がかかりました。こうした大変さを思うと、先天性無歯症は希少疾患ではありますが、歯生え薬は非常にニーズの高い治療法になり得ると感じています。

喜早 起業してホームページを立ち上げたところ、患者さんから「治験はいつからですか」「治験に参加したいです」といった声が非常に多く届くようになりました。多くの患者さんが歯生え薬を待っているのをひしひしと感じるので、1日も早く、効果のある薬を届けたいと思っています。

いずれは“第3の歯”を生やす薬としても活用へ

歯生え薬で描く未来像について教えてください。

髙橋 まずは、義歯やインプラントと並んで、歯生え薬が無歯症治療の選択肢の一つになればと思っています。人工物を使った代替治療とは違い、自分の歯を生やすという治療法を歯生え薬によって提案できることになればと展望しています。そしていずれは、無歯症以外にも歯生え薬を展開したいと考えています。その一つが、永久歯の次の歯となる“第3の歯”を生やせるようにすること。加齢などに伴って口腔機能が衰えるオーラルフレイルの対策になり、歯科治療の幅を革命的に広げることが期待できます。

喜早 歯生え薬によって歯を失うことが怖くない社会を目指しています。現在は、歯周病が進んで炎症をもった状態でもどうにか永久歯を維持しようとしている患者さんもいます。歯生え薬で第3の歯が生えるようになれば、歳をとっても自分の歯で長く噛める世界が実現できるのではないかと期待しています。既にフェレットで第3の歯が生えることが確認できているので、検討を進めたいです。

起業を志す人へメッセージをお願いします。

喜早 私自身も「本当にできるのかな」「私でいいのかな」とためらっていた時がありました。でも、今は、迷うくらいならやってみればいいと思っています。どうか、“やらずに後悔よりやって後悔”という気持ちを持ってください。

京都大学内にある、メディカルバイオ分野のスタートアップ用インキュベーション施設「イノベーションハブ京都」にラボを構えている

この記事は、京都iCAPのウェブサイトに掲載されたものです

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