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【製品化ストーリーvol.3】
マイオリッジ(京大発ベンチャー)
×TLO京都 対談

iPS細胞由来心筋細胞の早期社会実装を目指して

「多能性幹細胞から心筋細胞をつくり、再生医療に役立てる。しかもそれが必要なすべての患者さんの手が届く低コストで」
数年前であれば不可能と思えたこんなビジョンを、叶えようとしている企業があります。その企業とは、「株式会社マイオリッジ」。京都大学発の特許技術を用い、iPS細胞由来の心筋細胞を作製・販売しているバイオベンチャーです。今回は、元京都大学iCeMS 特定拠点助教で現在はマイオリッジの取締役と神戸大学大学院医学研究科の客員准教授も務める南先生と、京都大学出身でマイオリッジ代表取締役社長の牧田社長、そして、大学の知的財産を活用したベンチャー支援という立場でマイオリッジのサポートに携わっているTLO京都の田中氏を交えて、事業を起こすことになったきっかけから、大学発技術の製品化における苦労、また、その技術を社会実装につなげていくことへの想いなどについて語っていただきました。

牧田社長と南先生の出会い ——

(田中)はじめに、牧田社長と南先生の関係といいますか、最初の出会いはどのようなものだったのでしょうか。

(牧田)実は南先生が京都でブラジリアン柔術の道場をやっておりまして、そこに当時京大生だった私が通っていたんです。今の業界とは関係のない学部の学生だったのですが、4回生のときに南先生から研究室での作業を手伝うアルバイトをしないかとお誘いいただきまして。それから先生のところで細胞の培養などをお手伝いするようになり、その流れでいつのまにか会社設立という話になりました。

(南)そう、最初は大学のサークル活動で知り合ったんですよね。そこで彼にアルバイトのお声がけをさせてもらったんです。iPS細胞培養の技術支援アルバイトとして仕事をしてもらったのですが、例えば解析のプログラムなども自分で工夫して効率よくまとめてくれたり、見ていてなかなか仕事ができる学生だなという印象を持ちました。

(田中)はじめはサークルの顧問と学生というような関係だったんですね。そこからいきなり社長に抜擢されたんですか。

(南)ちょうどそのころ僕の中では自分の発明・研究でベンチャーを立ち上げてやっていきたいという想いが強くなっていたのですが、自分が社長として経営していくという考えはなく、かといって社長になってもらう人材に心当たりがあったわけでもなかったんです。

そこで、ベンチャー企業の社長をお願いするならどんな人材が適しているのかをいろんな方に相談したのですが、ある方から「MBAを持っていたり経営経験があることも大事だけれど、信頼できてやる気のある人であれば、年齢や経歴は関係ない。逆にベンチャーには若いエネルギーが大事だよ」とアドバイスを受けまして。それで牧田社長に声をかけさせてもらった結果、ご快諾をいただいたんです。

(田中)偶然のようで必然的な出会いだったんですね。

(南)社長を決めるまでにいろんな方の紹介でたくさんの候補者と面談しましたが、やはりその中でも牧田社長が一番よいと考えてお願いしました。これに関しては今でもベストな判断だったと思っていますし、もし他の方にお願いしていたら今こうしてマイオリッジは存在していないかもしれません。

(牧田)私はこの話を南先生の横で何度も聞いているのですが、毎回どんな顔で聞いていていいのかわかりません(笑)。

はじめは考えてもいなかった。マイオリッジ設立のきっかけ ——

(田中)今回のテーマであるiPS細胞由来の心筋細胞に関する発明提案は、2010年ごろから出されているかと思いますが、南先生は、この発明提案の当初からずっとベンチャーとして起業することを念頭に置いていたのですか。

(南)いえ、特にそういうわけでもないんです。僕自身この発明に関して、京大在籍時に6件の発明に関わらせてもらっているのですが、詳しく言いますと、最初の5件はiPS細胞から心筋細胞をつくり出す方法とそのために必要なKY化合物と呼ばれる分化誘導促進の化合物に関する発明、最後の1件はそうしてできた心筋細胞を凍結保存するための発明になっています。

これらの発明提案を2010年〜2015年の間におこなってきましたが、最初の3、4件までは、起業などはまったく考えていなくて、権利化するなら論文を出す前に一応特許出願しておかないといけないなというぐらいの感覚しかありませんでした。

それが後半になって、このKY化合物という新しい化合物を用いれば、タンパク質を使わない完全なプロテインフリーの環境下でiPS細胞を心筋細胞にできるということもわかってきてきたんです。これはかなり強い知財になるぞということで、そこからベンチャーの立ち上げを意識するようになりました。

当時はちょうどiPS細胞の開発で山中先生がノーベル賞を受賞されたころで、iPS細胞や再生医療が世の中でも注目を集めていましたので、そのときはかなりモチベーションも高まっていましたね。

iPS細胞から分化誘導することで作製された心筋細胞
遺伝子導入により薬剤評価をより簡便に行うことが出来るようになったiPS細胞由来心筋細胞塊

(田中)ベンチャーの立ち上げを意識しはじめてから、実際にマイオリッジ設立に踏み切った決め手のようなものはあるのでしょうか。

(南)そうですね。まずひとつに、心筋細胞の培養の難しさが挙げられます。皮膚の細胞や肝臓の細胞などであれば体から取りだして培養して増やすことができるのですが、心筋細胞はそれが難しい細胞なんです。一方で、先進国の死因としては心筋梗塞などの心臓病が最も多いと言われています。つまり、心臓病治療に役立つ可能性がある心筋細胞は、ニーズが高く将来的にもますます必要になるはずなのに、iPS細胞などの多能性幹細胞から分化することでしか大量につくることができない。しかもそれには高価なタンパク質成分が不可欠でコストも非常にかかってしまう。しかし、僕らが発明した方法で培養すれば、かなり効率的に低コストでつくれると。これは世の中に与えるインパクトも大きいし、社会的にも大変意義のあることだと考えて、起業して社会実装につなげていこうと決意しました。

積み重ねてきた独自技術だからこそ。技術移転の壁 ——

(田中)2016年8月にマイオリッジを設立されて、その年の11月にはライセンス契約をさせていただき、2017年の3月には製品の生産を開始されていますが、その間約半年とかなりのスピード感ですよね。研究成果を特許化した段階から実際の製品化まで持っていくにはずいぶんハードルが高かったのではないかと思うのですが、そのあたりで苦労されたことなどはありませんでしたか。

(南)そうですね。我々の事業における製品化という意味では、「細胞そのものを販売する」、「心筋細胞やiPS細胞の培養液を販売する」、あるいは「それらの技術内容をライセンスアウトする」など、いくつかの形態がありますが、それぞれ違った課題がありました。
中でも特に技術移転という点では、細胞培養の面での苦労がありました。たとえば一般的な化合物であれば構造式通りにつくっていただければそれで技術移転は完了ですが、iPS細胞から心筋細胞をつくるためには、培養の工程、化合物を添加する工程、それを解析する工程、シングルセルにする工程など、特許に書いてある情報以上に、さまざまな要素が絡んでくるため、一般的な化合物のようなにはいかないんですね。
このように、我々の社内では安定して製造できるものを、他社でも同じように再現してもらうにはどうすればよいのか、特にこのコロナ禍で海外などへ直接行って説明することも難しい中で、いかに情報を伝えて技術をつないでいくかというところは、現在も大変苦慮しているところです。
ただ、これらの課題もある程度クリアできるノウハウが積み重なってきましたので、今後は技術のライセンスアウトもよりスムーズにできるようになっていくと思います。

(牧田)先ほど製品化までのスピードが早いというお話がありましたが、その理由としては、もともと南先生が京大在籍時におこなっていた分化誘導の方法や、凍結方法に関する研究が、この細胞をどうやって社会実装につなげるかというところまで考えられたものであったからだと思います。心筋細胞をつくる工程の発明は、そのまま製造につながる部分が大きかったので、会社を立ち上げた段階ですでに製造のプロトコールはほぼ固まっていました。それが早い製品化につながった理由のひとつだと思います。

産業界との橋渡し役を担う。TLO京都との連携 ——

(田中)私の前任者に聞いたのですが、当時、複数の製薬企業等が集まって、iPS細胞の応用に関する評価コンソーシアムをいくつか立ち上げられていたそうですね。そのような動きの中で、TLO京都が面識のあったそれらのコンソーシアムで中心的な役割をされていた製薬企業の担当者様に先生方の技術を紹介させていただき、大学からコンソーシアム参画企業群にサンプル提供することで、コンソーシアム内で一気に評価していただけるよう交渉していたという話も伺いましたが、それ以降、何かビジネスへの進展などはあったのでしょうか。もし差し支えなければお聞かせください。

(南)あれはまだマイオリッジを設立する前でしたね。具体的な社名はここでお出しできませんが、ありがたいことに当時ご紹介いただいた複数の製薬メーカーさんと今でもお取引をさせていただいております。

(田中)そうですか。設立のタイミングから現在まで、御社に関心を持っていただき製品を導入していただけるきっかけをつくることができていたとしたら我々TLO京都としてもうれしい限りです。

ところで、私がマイオリッジさんの案件に関わらせていただいたのが2020年ごろからですので、マイオリッジさんとの最初のライセンス契約や製品化にいたるまでのことは詳しく存じ上げないのですが、そもそもTLO京都との出会いはどのようなものだったのでしょう。

(南)気がついたらお付き合いさせてもらっていたという感じで記憶が曖昧なのですが・・・確か国の研究開発プロジェクトをしているときで、そのプロジェクトに参画している企業さんとの打合せの場だったと思うのですが、ライセンス契約の話になるかもしれないのでTLO京都さんにも同行いただくことになって。

それからTLO京都さんのほうで我々の技術を紹介するための資料をつくってくださったり、さまざまな企業さんや海外の展示会などいろいろと回ってくださり、契約交渉などすすめてくださったんですよね。

資料づくりやライセンス方針検討の際は、TLO京都さんが何度も質問や相談に来られて、本当に熱心に、我々に関心を持ってくれる企業さんを探してくださっていたのを覚えています。そんな中で、海外メーカー含め、いろんな企業さんとの出会いが生まれていきましたので大変感謝しております。

(牧田)私のほうのTLO京都さんとの出会いは、もっと唐突でした。ちょうど南先生と会社を設立するとなったときでしたが、ある日突然、「今から一緒にTLOさんと会うよ」と言われて。TLOって何?という状態からはじまったんですけど、そこから皆さんとお会いさせていただいて、それからはライセンスのことでTLO京都さんと話すことが私の仕事の大事な部分となりました。ライセンスと資金調達が、我々の会社の一番重要な部分でしたし、ライセンス契約の部分ですんなりいかない部分もあったので。
そんなときでも、TLO京都さんにはマイオリッジと京都大学の間に立っていただいて、大学側との交渉や発明者間の調整など走り回っていただきました。当時、TLO京都さんはあまり口にされませんでしたが、我々が想像する以上にいろいろ苦労されていただろうなと私は思っております。

だからTLO京都さんは、良きパートナーというより、むしろ社内の人だと思っています(笑)。

(田中)お気持ちありがとうございます(笑)。それぐらいの近さで南先生や牧田社長とコミュニケーションを取らせていただいて、我々も大変楽しくお仕事させていただいておりますので、ぜひ今後とも御社のご発展のために、末永く応援をさせていただきたいと思っています。

細胞が持つ力を信じる。マイオリッジの目指す先 ——

(田中)このiPS細胞由来の心筋細胞をつくる技術は、現在の研究用途メインのところから今後再生医療の分野へもどんどん応用されていくことになると思うのですが、マイオリッジとして、今後の可能性や将来的な目標など、どういったところを見据えているのかお聞かせいただけますでしょうか。

(牧田)私自身、マイオリッジを設立したころから細胞そのものが社会に与えるインパクトは年々大きくなっていると実感しています。とは言え、細胞が持っているポテンシャルのすべてを社会に投げかけられているかというとまだそこまでの状況ではなく、まだまだ課題があると思っております。細胞はまだ多くの可能性を秘めているので、我々としては細胞がすべての力を発揮できる社会を目指して今後も頑張っていきたいと思います。

(南)細胞は、抗体医薬やバイオ医薬品の分野など、創薬や研究の用途ではすでに社会の役に立っていますが、それ以外の用途ではまだ十分に社会に行き渡っていない状態ですので、再生医療も含め、医療の分野などで細胞を直接役立てていきたいですね。具体的には、細胞が直接薬になるような世界をつくりたいという想いがあります。また、昨今流行りつつある培養肉などの分野にも我々の技術を展開していけると面白いなと考えています。

(田中)まだまだ可能性は広がっていきますね。ぜひ、我々TLO京都にも引き続きサポートさせてください。本日は大変ありがとうございました。

発明者の研究に対する想い、技術を社会実装につなげていくことへの熱い想いが伝わってくる対談となりました。
今後も産学連携情報プラットフォーム Philo-では、株式会社TLO京都の製品化事例や最新発明情報を発信していきたいと思っております。今後もご注目ください。

本件に関してご質問等ございましたら、下記のリンクよりTLO京都に直接お問い合わせくださいませ。

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