2023年3月30日、オンラインイベント「open your… 文化からサステナビリティを問い直す」が開催されました。
近年よく聞く「サステナビリティ」という課題に対して、「自分たちに何ができるかわからない」「どのように取り組んでいけばいいかわからない」 といった悩みを持つ方々が多くおられます。
こうした方々に向け、2022年12月に引き続き、株式会社三井住友フィナンシャルグループ、株式会社三井住友銀行と京大オリジナル株式会社の主催にて、オンライントークイベントを開催いたしました。
今回のテーマは、「文化からサステナビリティを問い直す」。ゲストに
●文化の経営学をテーマに研究されている京都大学経営管理大学院教授の山内裕氏
●「サステナブル×金融」の分野を中心に、最近では企業や自治体の人材育成にも注力されている株式会社日本総合研究所創発戦略センターシニアマネジャーの橋爪麻紀子氏
●「環境・社会課題解決の「意識」と「機会」を流通させる」ことをテーマに活動するコミュニティ「GREEN×GLOBE Partners(GGP)」の運営に携わる三井住友フィナンシャルグループの山北絵美氏
をお迎えし、司会の京大オリジナル川村氏を含めた4名で約90分に渡りお送りしたトークセッションの様子を抜粋しレポートいたします。
サステナビリティに対する認識のズレと最近のトレンドについて
イベントではまず、橋爪氏より、「みんなのサステナビリティに対する認識は同じではない」というテーマが挙げられました。
橋爪氏 「サステナビリティという言葉が世の中で急速に広まっていることもあり、企業や自治体でもそういった知見を身につけなければというニーズが高まっています。しかし、日頃から彼らと接してお話を伺っていると、サステナビリティとひと言で言っても、皆さん少しずつ理解が違うことに気づかされます。『環境問題に取り組むこと』だと思っている方もいれば、『人権を守ることだ』という方もいて、それぞれ重視する課題が違っているんです。それは、組織によっても違うし、個人でも違う。もっと言えば、発注者と受注者でも認識は違うし、先進国と途上国、国内の格差や歴史、宗教、教育によっても違うわけです」
さらに橋爪氏は続けます。
橋爪氏 「そもそもSDGsの『持続可能な開発』とは、世界においては『将来の世代のニーズを満たしつつ、現在の世代のニーズも満足させる開発のこと』と定義されています。つまり、時間軸をずらして先の世代のことを考え行動を決めることが求められているわけです。しかし、今はそういった配慮がないために、サステナブルな社会に至っていないというのが現状です。でも、そもそもそんな定義知らないよという方のほうが多いわけですね。そうすると、やはりサステナビリティへの認識が各々ずれている中で同じところを目指すより、まずは目指しているところが違うという前提で対話をしていくべきではないかと思いますね」
さらに、話はサステナビリティ分野における最近のトレンドに移ります。
橋爪氏 「最近は人的資本というテーマに本気で取り組もうとされている企業が多いです。サステナビリティについての講義などでインプットするだけでなく、社員に考えてもらって、手を動かしたり議論をしたりするようなことやりたいと言ってくださる企業も増えていると感じます」
これには山北氏も、
山北氏 「やはり今は人的資本がトレンドですね。今後、上場企業などを対象に人的資本も開示していく必要がある[1]ということもあって、大手の企業を中心にかなり意識が高まっています。」
サステナブルが新しい文化になるために、
まずは文化からイノベーションを起こすということを考えてみる
サステナビリティの視点からのお話に続いて、山内氏が文化という観点からお話をしてくださいました。
山内氏 「私が近年取り組んでいるのは、文化の視点からイノベーションを起こす方法論を作り出して社会に広げていくということです。それはつまり、新しい世界を表現して、そこに人々を連れ出すということなんですよね。ありえないものとか邪道なもの、他より劣っていると認識されているもの(我々はこれを敗者と呼んでいます)に、世の中が価値を見いだしたときに時代の表現というものが生まれます。そのためには社会をよく見ることが重要なんです。社会をよく見て、敗者をきちんと理解して表現することで、敗者と位置づけられていたものが、『○○なのにいい』という既存の価値基準から『…だからいい』に価値転換していくんですね」
ここで山内氏がわかりやすい事例として、ユニクロのリブランディングのお話をしてくださいました。
山内氏 「2006年に佐藤可士和さんがユニクロのロゴを刷新し、ニューヨーク、ロンドン、パリにオープンしたグローバル旗艦店のクリエイティブディレクションをおこなって、ブランドを一新させた事例があります。これによって、『しまむら、ユニクロ』と同列で扱われていたユニクロは、『H&M、ZARA、UNIQLO』というように注目されるブランドへと生まれ変わりました。これは何がすごかったのか。実はあまり理解されてないのですが、ただロゴを新しくしただけではないんですね。時代を読み解いて、世界観を作った、価値を転換した、これがすごかったんです」
時代を読み解いていくとはどういうことでしょう。さらに詳しい説明が続きます。
山内氏 「当時、時代的には2000年を超えて技術進歩が止まり、社会が前に進んでいる感覚がなくなってきたころ。ネットワークで世界が繋がり、社会がコンパクトになって、これまで自分を位置づけていた構造がなくなっていく喪失感のようなものを人々が感じている時代でした。そんな中で欧米では、ハイブランドで身を固めるのはかっこ悪い、もっとベーシックなものが実はかっこいいんだという風潮が生まれていて、そこに、Tokyoとかカタカナがクールなものとして受け入れられるようになっていくという背景があったわけです。そんな時代に可士和さんは、大量生産を象徴したような幾何学的なカタカナのロゴを打ち出し、それを反復させてニューヨークの建物の壁面を覆い尽くしたわけです。まさに時代の空気を読み解いて、その空気を捉える表現を世の中に提示したわけですね。当時『ユニバレ』といって、ユニクロを着ていることがばれると恥ずかしいという風潮がありましたが、そこに、ベーシックなものこそかっこいいんだという時代の空気を結びつけていったわけです」
企業はサステナビリティにどう取り組み、どう発信していけばよいのか
橋爪氏 「今、この主流化するサステナビリティと並行して湧き上がっているのが、ウォッシングという問題だと思います。企業の方からも、どうすればウォッシングを避けられるか相談を受けることがあるのですが、要は、一般人の目が非常に厳しくなっているわけですよね。もうただ単にSDGsのロゴを貼っておけばよいという時代ではなく、たとえ商品のパッケージを緑色に変えても中身が変わっていないと批判される世の中になってきています」
橋爪氏 「少し前に朝日新聞社がおこなった調査でも、『企業がこぞってSDGs貢献をうたうことにうさんくさいと感じたことはあるか?』という質問に対して『はい』と答えた人の方が多かったんですね。理由としては、『企業や団体のアピールになっているから』とか『きれいごとが並んでいるから』というような厳しい意見が出ています。こうなると企業としても、ウォッシングと言われないためにはどうしたらいいのだろうとなるのですが、ただ、ウォッシングだと批判する人も、実はみんな認識が違うので、その辺りはなかなか難しいですよね」
では企業はどのようにサステナビリティに取り組んでいけばよいのでしょう。
橋爪氏 「ウォッシングは本当にどんどん厳しくなっていて、企業の皆さんも大変苦しんでおられます。5年、10年のスパンでよしとされていたことがウォッシングの対象になったり、よかれと思ってやったことが批判の対象になったりすることがいろんな場面で起きています。最近、日本のCMなどでも炎上してしまう例がありますが、その辺りの発想を変えていかなくてはいけないですよね。今までよいとされていたことを今までの価値観で続けていてはダメだっていうのは、大きなメッセージとしてあるんじゃないかなと思います」
これに対し、山内氏は、
山内氏 「企業がサステナビリティに取り組もうとすると、大体サステナブルな商品を作るんですよね。たとえば100%リサイクル素材を使った商品とか。でも見た目は今までの商品と同じだったりするんです。それってちょっと違うんじゃないかなと思いますね。そもそも私は、サステナビリティは人間中心で考えることから始まった問題ですので、人間がこれを解決するのは不可能であるという前提からスタートするべきだと考えています。だから、その不可能性に人々を向き合わせるデザインじゃないと、そもそもサステナブルな商品とは言えないし、ただ単に見た目を変えただけのアプローチでは人々が振り向くわけがない。日本の企業はそういうちょっとずれたところに時間と労力を使ってるような気がするんですよね。そんなことないですか?」
ここで橋爪氏が海外の例としてひとつの方向性を示してくれました。
橋爪氏 「今のお話の中で1つ思い出したのですが、最近は定款にサステナビリティの要素を入れる企業が増えてきているんです。海外を見てみると、ベネフィットコーポレーションというのがあって、事業を通じて公益に貢献することが定款に入っているんですね。それが何を意味するかというと、公益的な活動に会社のお金を使うことが法律で守られているということなんです。だから、株主もその活動に対して文句を言えないわけですよね。そういう枠組みを作っている企業がアメリカやヨーロッパで増えていて、日本でもそういった企業が増えればいいなと思います」
サステナビリティと利益の追求を両立することは可能か
ここで視聴者から寄せられた「サステナビリティを維持することで今の社会生活が維持できるか疑問です」というコメントから、サステナビリティと利益の追及という課題が取り上げられました。
橋爪氏 「私自身は、『サステナビリティと利益追求は両立できます』という前提で仕事をしています。では、その後にどういう話をするかというと、『もしかしたらサステナビリティに取り組むことで短絡的には少し赤字が出るかもしれないけれど、30年先を考えてみた時にはサステナビリティの取り組みをやっていないと社会から批判をされる企業になってしまっている可能性がある』ということ。こうやって時間軸をずらして考えれば、それは両立すると言えるのでは、というのが私の答えですかね」
この意見に山北氏が続けます。
山北氏 「企業と話していても、この会社に投資する、あるいは、この会社の商品を買うことがサステナブルな未来に繋がると思ってもらえないと生き残れないのではないかという危機感を持っている方は多いように感じます。ただ、今の橋爪さんの話のように、“一時的に売上が落ちるかもしれないが長期的に正しいと思ったらやる”という姿勢が必要なのだとすると、今の価値基準で判断する株主などからは批判があると思います。やはり社会における理想と現実の結節点を見つけることが必要だと思いました」
これに対して山内氏は、
山内氏「今は資本主義社会において正当性が得られていて、むしろやらないとバッシングを受ける風潮があるので、もうサステナビリティに取り組まないという選択肢はないような気はしますけどね。株主も投資家も企業に対してそういうのを求めてるんじゃないですか」
というご意見。
では、社会も、株主や投資家もサステナビリティと利益の追求の両立に寛容であるとすると、その実現に何が足りないのでしょう。
山北氏 「投資家は、企業に対してESGにいいことをやってくださいとは言えるものの、サステナブルな取り組みを主導していけるノウハウや経験か、事業活動というプロセスの中でどう試行錯誤していくのが正解かという答えは持っていないんですよね。結果としてESGのラベリングに沿うことをやってくださいとは言えるけれど、その事業活動が正しいのかは判断できない。だから人的資本などと言い始めてるのかなと感じます」
これには橋爪氏も、
橋爪氏 「そこは私も同意するところが多いですね。ESGだともうそんなに差が出ないから、人的資本が今のトレンドになっているというのもあるかもしれないです。けれど、企業側も投資家に言われたからやるというのでは、やっぱり腹落ちしないと思うんですよね。だから、それをやらないと30年後にこの事業はないかもしれないっていう視点は必要で、外的に言われてからやるものって絶対どこかで止まってしまう、たとえば経営者が変わったらやめてしまうというのはよくある話ですよね」
ここで山内氏が新たな視点を投げかけてくれました。
山内氏 「ここまでの話で言うと、利益の追求と持続可能性を達成することが二項対立的に捉えられるわけですが、今求められているのは、それらを撹乱するような実践をしていくということであって、バランスを取るとか、その間で何とかしようとか、そういうことじゃないと思うんですね。それらを撹乱した時にものすごい価値が生まれるということがある気がしますね」
サステナビリティと利益追求の両立を目指すために、バランスをとるのではなく撹乱していくとはどういうことでしょう。少し難しい考え方ですが、山内氏がさらに解説してくださいました。
山内氏 「サステナビリと利益、すでに矛盾しているわけですよ。でも矛盾しているからといって、それ解消しようとするのではなく、さらに進めないといけないんですよね。アメリカにこういう事例があるんですが、REIというアウトドアの人気ブランドが、アメリカで1番買い物がされるブラックフライデーに全米のお店を閉めて、『従業員もお客様も買い物せずにアウトドアを楽しもう』と呼び掛けたんですね。1番売り上げが立つ日に商売をしないというのは、資本主義的な自殺行為ですよね。 ところがこれによってREIのブランド価値がぐんっと上がったわけです。つまり、資本主義で成功するわけですよね。バランスをとろうとするのではなく、むしろ逆手にとって撹乱していく、こういうことが今求められていて、それが価値になる、イノベーションになっていくということです」
サステナビリティという文化を広めていくために
次に視聴者からは、「サステナビリティの理解浸透、意識醸成を図るために、何かアイデアをください」という質問が寄せられましたが、これに対して山内氏は、
山内氏 「さっきの話に戻りますが、やはり世界観を作ったり、文化を作るっていうことが大事な気がしますね。『サステナビリティを実現しましょう。それが社会の問題解決につながるから』とか、そういうレベルの話ではなく、そうすることが自己表現となるような世界観を作っていくことが重要だと思いますね。当然それは時間が経つと逆に批判(ウォッシング)の対象になりなり得るんですけど、立ち止まらずに続けていく必要があると思います」
これに山北氏が続けます。
山北氏 「そういった話で言うと、日本でも人気の海外の靴屋のマーケティング担当の方と話したことがありまして、その時おっしゃっていたのが『私たちは自分たちの靴の広告をする際に、サステナブルとかESGというイメージは打ち出していません』と。結局人は、その靴のデザインのかっこよさや履き心地で選ぶのだそうで、その上で、実はそれがリジェネラティブな素材で作られていますというようなストーリーがあると購入後に口コミでおすすめしてくれるというんですね。だからサステナブルの意識を広めて定着させていくためには、見た目がかっこよくて、それを使うことで意外と環境負荷も少なくなるというような、二段構造が必要なのかなと思いました」
さらに、橋爪氏が日本ならではのサステナブルという視点でご意見をくださいました。
橋爪氏 「たとえば英語にならない日本語ってありますよね、『もったいない』とか『いただきます』とか『おもてなし』みたいな。そういうものが日本らしさだとすると、マイナスから0にするのがサステナビリティで、0からプラスにするのがリジェネラティブみたいな考え方がありますけど、そうやって2つに分けて考えるのはあまり日本らしくなくて、エコシステムのような考え方の方が日本にはフィットしているのかなと思います。海外の単語を輸入しているので考え方も海外のものに寄ってしまうところはあると思いますが、日本独自のサステナビリティの理解の仕方もあるんだろうなと思いますね」
と、ゲストの皆様のトークから、今後サステナビリティに取り組んでいく上で『サステナビリティの追求のためにかっこいい世界観から作っていく』『バランスをとるのではなく、撹乱していく』『海外の考え方にとらわれず日本独自のサステナビリティを求めていく』など、いくつかのキーワードが見えてきました。
イベント終了
その後も、視聴者からのコメントや質問への回答が続き、最後にゲストの皆様からの感想をいただいたところで今回のイベントは終了となりました。
『文化からサステナビリティを問い直す』というテーマでおこなわれたトークセッション。
非常に難しいテーマではありましたが、今回のセッションが皆様にとって何かのヒントになったのか、はたまたより頭を悩ませるネタになったのか。サステナビリティの課題はすぐに答えが出るものではありませんが、さらに先へと議論を進めていく上でのよい意味での気づき・きっかけに繋がっていけば大変うれしく思います。
[1] 企業内容等の開示に関する内閣府令の一部改正により、令和5年3月31日以後に終了する事業年度に係る有価証券報告書等から、人材の多様性の確保を含む人材育成の方針や社内環境整備の方針及び当該方針に関する指標の内容等にが必須記載事項とされた。(https://www.fsa.go.jp/news/r4/sonota/20221107/20221107.html)