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AI技術の活用で企業法務に新たな価値を提供、リーガルテックの先駆者に
まだメンバーが3人だった同社の創業初期に京都大学の森先生・末永先生をご紹介して以降、京都iCAPの支援・投資先として2018年からの長い(?)お付き合いとなりました。我々もSaas企業の成功と売上向上の秘密を学ぶことができ、一緒に成長させてもらっています。強いチームと高い専門性と良いテクノロジーが揃った企業は世界で勝ち抜ける。これからの世界展開が楽しみなLegalOn Technologiesです。
京都大学イノベーションキャピタル株式会社 投資担当者より
人工知能(AI)を活用した契約関連サービスを手掛けるLegalOn Technologies。京都大学法学部・法科大学院出身の弁護士が2017年4月に設立したスタートアップである。企業法務分野にAI技術を適用することにより、より高品質の法律サービスを享受できる世界の構築を目指している。京都大学学術情報メディアセンター/情報学研究科との共同研究を経て開発したAI契約審査プラットフォーム「LegalForce」のユーザー企業数は3000社を超えた。リーガルテックの先駆者として成長する同社代表取締役 執行役員・CEOの角田望氏に起業の経緯や会社の強み、展望などを聞いた。
(聞き手:増田克善 2023年9月取材)
より良い法律サービスの提供、その実現の手段として起業
自身のキャリアと起業した経緯をお聞かせください。
角田 2010年に京都大学法学部を卒業後、同大学の法科大学院に進み、2012年に司法試験に合格して弁護士登録をしました。その後、森・濱田松本法律事務所で企業法務全般の仕事に従事し、2017年4月に起業しました。
起業を考えたのは法律事務所を退職する直前ですが、法律事務所在職中に「(企業にとって)良いリーガルサービス」とは何だろうということ考えていました。先輩たちが取り組んできた仕事を同じように続けるのではなく、これまでにないより良いリーガルサービスを作れないかと同僚である小笠原匡隆(共同創業者、現取締役 監査等委員)と毎日のように議論していました。当時、コンピュータ囲碁プログラムAlphaGo(アルファ碁、Google DeepMind)が最強のプロ棋士に勝つなど、ニューラルネットワークを応用したAI(人工知能)技術が大きな注目を集めていました。そのテクノロジーの応用には法律サービスを良くするポテンシャルがあるのではないかと考え、実現のために株式会社LegalForce(現株式会社LegalOn Technologies)を起業したわけです。
議論されていた「良い法律サービス」とは、どのようなサービスですか。また、AI開発の専門会社とのアライアンスでなく自社開発することにしたのはなぜですか。
角田 私たちが考えていたより良い法律サービスとは、抽象的な表現になりますが、より高いクオリティの法律アドバイスを迅速に提供する、契約書を作成する、あるいはより顧客企業に寄り添って事業的勝利をもたらすことにフォーカスしたサービスといったものです。
時代の流れにキャッチアップするために、しっかりとテクノロジーの開発に注力することを目的とした会社を設立しないと上手くいかないだろうと思っていました。また、顧客からフィードバックを得ながら高速に開発へ反映していくためには、自社開発でないと競争力を維持できないと考えていました。私も小笠原もテクノロジーの知識は何もないため、AIに知見のある技術者をスカウトすることが最初の仕事でした。
設立時に苦労した点はどのようなものでしたか。
角田 すべてがチャレンジでしたので何から何まで苦労の連続でした。プロダクトのコンセプトを決定するにしても正解はないわけですし、リーガルテックといっても様々な選択肢があり、どこに絞るのか。絞ったとして、それが当たるかどうか売れるかどうかも見通せない。コンセプトをどう実現するのか、エンジニアもいないときだったので実現の目処も立たない。そんな状態で人材が集まってくれるのかを含めて、ひとつひとつが大変でしたし、クリアしていかないといけない状態でした。そもそもエンジニアを採用したくとも、まだプロダクトもない、お金もない――そんなリスクのある会社に簡単には人は来てくれないですよね。
設立から1年間は、同時に設立した、小笠原と2人で運営する法律事務所Zeloの収益と個人的な借入資金によってスタッフの報酬などを支払っていました。会社の運営資金が減っていく中で、プロダクト開発の目途や営業開始、資金調達などのロードマップを引いていたので、目の前のやるべきこと、計画を達成することに大きなプレッシャーを感じ、忙殺されていました。
そうした中で最初のプロダクトである「LegalForce」のベータ版が2018年4月に完成しましたが、リリースしても顧客に使ってもらえないと感じたためボツにせざるを得ませんでした。そこでコンセプトを大きく圧縮し、現在の「LegalForce」のベース機能である契約書の自動レビューと検索機能に絞った新たなベータ版を約3カ月後に完成させ、オープンベータ版として顧客への提供を開始できました。
オープンベータ版の完成後は順調に顧客獲得への道筋も見えたのでしょうか。
角田 私たちの事業自体はメディアで注目されていましたが、オープンベータ版を持って営業に出向いてもまったく契約できない時期が続きました。何社訪問しようが反応が鈍くまったく買ってくれない・・・。そこで、どうやったら買ってもらえるか考えながら、説明の仕方を変えてみる、提案の仕方を変えてみるといった試行錯誤を繰り返していると、ある日突然に売れるようになりました。詳細な説明や特徴を訴えるだけでの営業では売れない。お客様の考え方を変えていくような営業ができないと、新しいもの、斬新なものは絶対に売れないということがわかった瞬間でした。そこからは、ひたすら営業の仕方を考えるようになりました。
最先端の知見を享受できた京都大学との共同研究
2018年3月に京都大学イノベーションキャピタル(京都iCAP)からの投資を受けられましたが、同社の支援はお役に立てたのでしょうか。
角田 京都iCAPのファンドのネームバリューは高く、同社の参加がなければシードラウンドは成立しなかったと思っています。また、それ以前に京都iCAPとのつながりができたことにより、京都大学学術情報メディアセンターの森信介教授を紹介いただき、共同研究を開始できたことが大きな恩恵です。
特に自然言語処理技術で高い知見と実績を持つ森先生のネームバリューも非常に高く、AI開発者の採用にも大きく影響しました。言語処理学会などで「森先生のことを知っています」「ヨーロッパの学会で森先生と話をしたことがあります」という人たちと私たちの事業について話ができ、入社してくれたAIエンジニアもいます。また共同研究は現在も続いており、自然言語処理技術や機械学習領域における最先端の知見を基にディスカッションできることが、私たちにとって大きな収穫でした。ある課題を最先端の言語処理技術でどのように解くかなどの手法を学び、法律分野で実用化する開発作業に非常に役立っています。
製品・サービスの概要と強みについてご紹介ください。
角田 最初にリリースした「LegalForce」は、契約書審査においてチェックしたい契約書をアップロードすると、AI技術を活用して自動レビューが行われます。注意点などをハイライトで示し、修正案などを提示します。提示する修正案は、弊社の開発部門に所属する専任の弁護士が作成しており、信頼できる内容であることが大きな特徴です。また、開発部門専任の弁護士が在籍・協働することで、法務実務に即した質の高いコンテンツを搭載したサービスを作ることが可能です。さらに、企業法務に精通する法律事務所ZeLoと協働し、契約書ひな形集をはじめとして質の高いコンテンツを提供できることが強みです。
2021年1月に正式版をリリースした「LegalForceキャビネ」は、締結後の契約書管理をサポートし、契約書を検索する手間の削減や管理台帳の作成が可能です。契約書のPDFファイルを取り込むと、契約の当事者名や締結期限などを自動でタグ付けしデータベース化する管理するソリューションです。期限切れ契約を事前にアラート表示するなど契約書管理業務を支援してくれます。最近では、改正電子帳簿保存法にも対応し、今まで以上にバックオフィスの進化に貢献できていると思っています。
今年は、「LegalForce」の一部機能に限定したシンプルなAI契約審査サービスの「LFチェッカー」を小規模企業者向けに安価で提供開始しています。さらに10月には、法務担当者向けにオンライン動画学習支援サービスの「Legal Learning」をリリースしました。契約の作成・チェックの前段階で、契約とは何かなど概要を学習できるオンラインサービスです。
プロダクトの進化に合わせて営業手法も進化が必要
「LegalForce」のユーザーは3000社を超え、「LegalForceキャビネ」のユーザーも正式版の提供開始から約2年で800社を超えたそうですが、会社の成長をドライブしたことは何でしょうか。
角田 プロダクトが売れるタイミングはいくつかあります。「LegalForce」であればメディアに取りあげられたこともあり、初速としては好調でした。半年後にUI(ユーザーインタフェース)を大幅にアップデートして見やすく、使いやすくしたことでユーザー数が加速しました。1年後にはさらに改良を加え、全体的に精度が大幅に向上したことにより、営業部門としても販売しやすくなりました。商談にはエンジニアが同行し、顧客の意見を聞いてニーズを開発に反映してきたことが評価されていると思っています。
また、段階的な成長を実現するためには、プロダクトの性能向上などに合わせて営業手法も進化させていくことが重要だと考えています。そもそも、いくら高品質のプロダクトであっても営業しないと売れないという考えを持っており、初期段階からセールス業務を重要視してきました。先ほど営業の仕方を変えてみることの重要性を指摘しましたが、プロダクトの性能向上に合わせプレゼンテーション手法や提案を進化させ続けることを心がけています。
今後の事業展望をお聞かせください。
角田 中長期的な展望としては、「法とテクノロジーの力で、安心して前進できる社会を創る。」というパーパスを掲げており、それをいかに実現していくかです。安心して前進できる社会の実現のためには、私たちの強みであるリーガルとテクノロジーを応用していくことが必要であり、日本だけでなくグローバルで実現していきたいと考えています。まず米国・英語圏にしっかり価値を提供できるようになっていくことを目指します。一方、国内では顧客ユーザーは伸びていますが、まだまだ価値を届けられていないと思っているので、しっかりと価値提供に邁進していきます。同時にその価値の一翼を担うプロダクトの質を高めていきたいと考えています。
設立から5年半を経過し、社員規模500人の会社に成長しましたが、会社の成長=規模拡大という考えは当初からありませんでした。どのようなプロダクトを造り、価値を社会にどう届けるか――短期的な目標、ロードマップを定めて邁進してきた結果が今の会社の姿です。今後も会社の規模ではなく、3年後、5年後にどれくらいの価値を世の中に提供したいかというイメージはあります。その実現に向けロードマップを定めて指標を管理しながら、確実に達成できるよう取り組んでいくことが重要だと思います。
最後に起業を考えている人に、アドバイスをお願いします。
角田 準備が整ってから起業しようと考えでいると、多分いつまで経っても前進することが難しいと思います。どんなに周到に計画し、準備しても途中で様々な変化に見舞われます。計画通りにいかないことも多いし、社会は常に変化するので想定も変わるものです。走りながら修正・対応しつつ進むことが求められていると私は思います。こういう社会を実現したい、実現のためのサービスを世の中に提供してみたい――そうした想いが頭にあるのであれば、なるべく早くチャレンジすることをおすすめします。
この記事は、京都iCAPのウェブサイトに掲載されたものです