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病因解明で新しい治療法を開発、「潰瘍性大腸炎」を治る病気に

Link Therapeutics株式会社

様々な病気が、遺伝子やmRNA、蛋白質の解析によって明らかにされています。Link Therapeuticsは、京都大学と連携し、新たな視点で「自己抗体」を標的とした医療手段の創出を目指しています。その船出は、京都大学大学院医学研究科の塩川助教らの研究成果に端を発しますが、現在は様々な分野の専門家が集まり、研究開発を活発に進めています。当社は、Link Therapeuticsと京都大学の活動が、治療満足度の低い疾患の病態を解明し、患者に革新的な医療手段を提供することを期待しています。

京都大学イノベーションキャピタル株式会社 投資担当者より
#26 病因解明で新しい治療法を開発、「潰瘍性大腸炎」を治る病気に

国内に約22万人の患者がいるとされる指定難病の「潰瘍性大腸炎」。下痢や血便などの症状で日常生活に支障をきたす病気である。そんな潰瘍性大腸炎の病因となる自己抗体の発見を2021年に報告したのが、京都大学大学院医学研究科消化器内科学助教の塩川雅広氏。同氏はこの発見を基に、病因そのものを体から取り除く新しい治療を実現するべく、Link Therapeutics株式会社を立ち上げた。開発しているのは、病因である自己抗体を体から除去するための医療機器。既存の治療法に比べて、副作用が少なく、即効性が期待される。潰瘍性大腸炎を基軸として、自己免疫疾患の原因探索や治療法開発に取り組む同社の事業や展望を、代表取締役CEOの阿部佳子氏と取締役を務める塩川氏、経営管理・事業開発部部長の青笹正義氏に聞いた。(聞き手:伊藤瑳恵 2023年2月取材。所属、役職名等は取材当時のものです)

「治らない病気を治したい」一心で起業へ

現在までのご経歴を教えてください。

塩川 京都大学医学部を卒業後、一般内科で研鑽を積んできました。その後、サブスペシャリティ(専門医)として消化器内科を選択し、日々患者さんに向き合ってきましたが、“治らない病気がある”という医療の限界が見えてきました。医師になって10年程経った頃、“治らない病気を治したい”という思いが強くなり、臨床現場に立ちながら、大学院での研究をスタートさせました。

自己免疫性膵炎や潰瘍性大腸炎などの研究をしてきましたが、次第に大学研究の限界も見えてきました。論文のための研究に終始するのではなく本気で病気を治すための研究がしたいと思い、製薬企業などと共同研究も行いましたが、自分が実現したいイメージを共有できる企業や人と出会えずにいました。「なんだか違うな…」と思いながら数年間もがいていた時に、京都大学イノベーションキャピタル(京都iCAP)のキャピタリストである上野博之さんに出会いました。

研究内容や実現したいビジョンの話をしたところ、起業してはどうかと提案してもらったのです。ベンチャー企業は、大学の研究成果を製薬企業などに実用化してもらうための橋渡しをするような立ち位置だと思っています。自ら創業することで、その役目を自分たちで担うことができ、結果としてとても良かったと思っています。

塩川雅広 取締役(京都大学大学院医学研究科消化器内科学 助教)
塩川雅広 取締役(京都大学大学院医学研究科消化器内科学 助教)

阿部社長が就任されたのは、どのようなきっかけだったのですか。

阿部 私は化学系メーカーでキャリアをスタートさせました。入社当時は、化学系メーカーが薬やバイオテクノロジー関連の事業を展開し始めた頃で、私が最初に携わったのは、現在も潰瘍性大腸炎の治療に使われている「アダカラム」という医療機器の初期設計でした。実はこの経験が現在の弊社の事業につながっているのです。

このほか、低分子医薬を体内に浸透させる貼る薬の研究開発や、床ずれを治すための創傷治療ペプチドの探索研究などを行いました。探索から初期臨床までの創薬に関わる様々な仕事を経験できたのは、化学会社にいたからこそだと思っています。ただ、大きな会社ゆえに次第に保守的な業務が多いと感じるようになり、とあるベンチャー企業で事業開発担当として働くことにしました。その中で、2022年にこれから弊社を立ち上げるというお話を伺い、塩川先生の自己抗体研究やお人柄に引き込まれ、ぜひご一緒したいと社長就任を決意しました。

社長に就任されるにあたり、迷いや不安はありませんでしたか。

阿部 実はあまりなかったのです。もちろん迷いがゼロだったかというとそうではありませんが、それ以上に「これは一生に一度のチャンスだ」という思いが強かったです。お話を聞いてこの環境なら頑張れると確信し、お話を頂いてから2週間で決断しました。

阿部佳子 代表取締役CEO
阿部佳子 代表取締役CEO

「自己抗体を狙った治療の実現」、共感した精鋭が集う

その後、2023年1月に青笹さんが参画されたのですね。

青笹 私は農学系の出身なのですが、高校と大学であまり勉強してこなかったタイプで、ひたすら駅伝を走っていました(笑)。襷を受けたら必ず責任を果たすという精神は、駅伝から学んだと自負しています。そんな私が大学4年生の時に行っていたのが、抗体をゼロから創るという研究でした。当時、抗体医薬などはまだ存在しない時代でしたが、この研究がとてもおもしろかったのです。動物に病気の原因となる物質を注入し、病気の原因をブロックする抗体を創ることにも挑戦しました。卒業後は製薬企業で営業の仕事をしていたのですが、研究の楽しさが忘れられず、大学に戻って抗体の研究を続けました。

直近の10年ほど、ある上場企業で働いていたのですが、研究職で入社したはずが、営業部門、管理部門、M&Aなど多岐に渡る仕事をしてきました。最後の数年は抗体の仕事をさせてもらったのですが、実はそれが願ってもない抗体医薬の仕事だったのです。自己免疫疾患に関する薬について、データを取得して知財化し、大手製薬企業へライセンシングをするという一連の仕事を担当しました。「やりきったな、やり尽くしたな」と思った矢先に弊社の事業の話を聞き、とてもわくわくして仲間に入れていただきました。

青笹正義 経営管理・事業開発部 部長
青笹正義 経営管理・事業開発部 部長

塩川先生は今も患者さんを診ていらっしゃるそうですが、研究との両立は大変ではありませんか。

塩川 普段は9時から17時まで患者さんを診て、その後に研究をしています。時代的にあまり良くないのかもしれませんが、仕事が好きなので苦にならないのです。大谷翔平選手も、バッターをしているからピッチャーとして「ここに投げたら打たれる」ことが分かるでしょうし、ピッチャーをしているから失投を打てるのではないかと思うのですが、私も似たようなところがあると厚かましくも思っています。研究をしているから「この患者さんはこういうデータだからこの症状が出るのだろうな」などと、他の人には見えないようなところまで分かる。臨床をしているから研究が面白いし、研究をしているから臨床も面白いと思っています。

体を攻撃する病因そのものを取り除く新しい治療

貴社の事業の核となっている、塩川先生のご研究について教えてください。

塩川 現在の事業の核になっているのは、潰瘍性大腸炎の原因と考えられる自己抗体を発見した研究成果です。この病気は、発症のピークは20歳代ですが、1歳や2歳の子供でも発症します。患者数は年々増えており、寛解と再発を繰り返すため、長期に渡って病気と付き合っていかなくてはなりません。まずは薬による治療が行われますが、約10%の患者は薬が効かなくなり、大腸を全摘出する必要があります。潰瘍性大腸炎が免疫反応によって誤って自分の体を攻撃してしまう自己免疫疾患であることは分かっていましたが、これまで、どの抗体が病気の原因となるかは分かっていませんでした。

青笹 そんな中、塩川先生の研究チームが発見したのが、潰瘍性大腸炎の患者さんの体内で「インテグリンαvβ6」というタンパク質に対する自己抗体「抗インテグリンαvβ6自己抗体」が産生されていることでした。インテグリンαvβ6は、大腸の上皮細胞の接着に重要な役割を担っていますが、抗インテグリンαvβ6自己抗体が産生されるとその働きが阻害されてしまいます。抗インテグリンαvβ6自己抗体は潰瘍性大腸炎ではない人の体内からはほとんど検出されないことから、抗インテグリンαvβ6自己抗体によって大腸に潰瘍が形成され、潰瘍性大腸炎が発症すると考えています。

潰瘍性大腸炎の研究成果を基軸として、貴社で展開されている事業について教えてください。

阿部 潰瘍性大腸炎の原因となる抗インテグリンαvβ6自己抗体を患者さんの血液から除去する「分子標的カラム」という医療機器を開発しています。患者さんの血液をカラムに通して抗インテグリンαvβ6自己抗体のみを取り除き、血液を体内に戻すという治療です。人工透析で血液をきれいな状態にするのと同じような仕組みですが、無関係の血液タンパク質を取り去ることがないため、副作用が低いことが大きなメリットです。

カラムの中に自己抗体を吸着させるためのキャリア(担体)をどれだけ入れるか、自己抗体をどの程度除去すればいいかなどの製品設計は完了に近づいています。今後は安全性や安定性を確認する試験の実施や製造方法を検討し、2030年の上市を目指しています。いずれは海外にも展開したいです。

塩川 現在、潰瘍性大腸炎の治療には免疫を抑制する医薬品が使われていますが、体の健康な部分も含めて全体的に免疫が抑えられるため、どうしても副作用が強くなってしまいます。一時的に効果があっても、使っているうちに効かなくなることもあります。使える薬はたくさんありますが、特効薬がありませんでした。血液中の白血球細胞を除去することで免疫・炎症を抑制するアダカラム等の医療機器も使われていますが、これも特異的な治療とはいえません。私達が開発している分子標的カラムによって、病因抗体を特異的に除去できれば、早く確実に治療効果が出ると期待できます。将来的には、自己抗体が原因となっている他の自己免疫疾患や癌に関しても研究や治療法の開発を進めていきたいと考えています。

阿部 開発している分子標的カラムは、内部のキャリアに固定する抗原を変えれば、別の抗体を除去できるデザインにしています。今後の展開を見据えて、抗原を変えるだけで様々な自己免疫疾患の治療に対応できるようにしました。

分子標的カラムを使った治療のイメージ
分子標的カラムを使った治療のイメージ

患者さんを治す未来をベンチャー企業で実現へ

事業を通じてどのような未来を展望されていますか。

塩川 分子標的カラムを使って、比較的副作用が少なく、手軽に潰瘍性大腸炎が根治できるようになればと思っています。目の前の患者さんの病気を治したいという思いを、病気の原因の探索や新しい治療法の開発を通じて実現していきたいです。

京都iCAPからの支援はいかがでしたか。

阿部 人材の紹介を始めとしてかゆいところに手が届く細かな支援をしていただき、とてもありがたいです。ビジネスになると厳しい局面がたくさんありますが、厳しい言葉と温かい手を差し伸べていただき、伴走してもらっていることに感謝の気持ちでいっぱいです。

起業を目指す方へのメッセージをお願いします。

阿部 スタートアップは、うまくいくことが1に対してそうでないことが999くらいの割合で起こっている気がします。ハードルは高いと思いますが、起業してしまえば退路をたたれますので、意外と事業を推進していくことができます。覚悟と勇気を持って、ぜひ挑戦してほしいです。ただし、誰を船に乗せるかがとても大切だと思います。その点、弊社はとても恵まれていました。

青笹 働いている立場でお答えすると、大企業で10年かけて経験することをベンチャー企業では1、2年でやり遂げる感覚があります。その分、様々なことに対処する方法も学べるので、若いうちからこうした環境にいるとすごい人材が育つのではないかと思っています。

塩川 ベンチャー企業は機動力がとても高いと思います。まさか自分が会社を起こすなんて思ってもみませんでしたが、やりたいことができてとても楽しいです。ぜひ挑戦してください。

Link Therapeuticsのメンバー
Link Therapeuticsのメンバー

この記事は、京都iCAPのウェブサイトに掲載されたものです

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