2024年3月13日、オンラインイベント「このままでいいのか?カーボンサイクル~人工光合成の可能性に迫る~」が開催されました。
京大オリジナル株式会社と、株式会社三井住友フィナンシャルグループが運営するGREEN×GLOBE Partners、そして、株式会社三井住友銀行の主催にて開催しているオンライントークイベント 「open your・・・」。今回のテーマは『このままでいいのか?カーボンサイクル~人工光合成の可能性に迫る~』です。
登壇者は
●サステナビリティ社会へ向け、デマンド・ドリブンでカーボンニュートラルに取り組む活動をおこなっている株式会社日本総合研究所創発戦略センターシニアスペシャリストの瀧口信一郎氏
●光触媒の研究を始めて30年、人工光合成を人類が必ず実現すべきものの一つとして捉え研究を続けている京都大学大学院人間・環境学研究科教授の吉田寿雄氏
●「環境・社会課題解決の「意識」と「機会」を流通させる」ことをテーマに活動するコミュニティGREEN×GLOBE Partnersの運営に携わる三井住友フィナンシャルグループの山北絵美氏に、
司会進行役の京大オリジナル川村氏を加えた4名。
本トークイベントは、前半はカーボンサイクルや人工光合成についての吉田氏による解説がメイン、後半は主に瀧口氏からの質問とそれに対する吉田氏の回答という形式での進行となりました。今回はそのうち、後半部分の吉田氏と瀧口氏のセッションの模様を中心にレポートいたします。
【イベント前半部分のまとめ】
人工光合成とは
光エネルギー(太陽エネルギー)を蓄積可能な化学ポテンシャル(化学物質のエネルギー)に変換する技術
※光合成(植物の葉緑体が光エネルギーを利用して、水と二酸化炭素から酸素と糖を作り出す)と同じような働きを人工的におこなうこと
吉田先生たちはこの技術により、
- 水(H2O)を分解して水素H2を作り出すこと
- 二酸化炭素(CO2)を還元して一酸化炭素(CO)を作り出すこと
をターゲットとして研究を続けている。
※H2もCOも、エネルギーや資源として工業的に利用が可能
研究の成果と展望
①水分解による水素製造について
1.水素を製造できることはわかっている。
2.しかし、(残念ながら)効率が低いことが問題である。
3.原理と問題点はわかっている。
4.解決策もある程度はわかっている(対策の仕方は想像できている)。
5.すでに実用に向けた研究も始まっている(実証実験の段階までいっている)。
6.しかしまだ高効率化は実現できていない(着実な研究開発の進展が望まれる)。
7.多くの研究者・開発者の参入が必要。
〈吉田氏は、多くの研究者、開発者が参入してくれることを望んでいる〉
②水を還元剤としたCO2の還元について
1.CO2を水によって還元できることはわかっている。
2.しかし、水分解より困難かつ効率が低いことが問題である。
3.原理はわかっているが、問題点・解決策は模索中。
4.水以外のものを還元剤とする可能性も考えられる。
〈吉田氏は、環境への影響なども含め現状では水を還元剤とするのがベストだと考えている〉
なぜ、人工光合成により二酸化炭素から一酸化炭素を作り出そうとするのか
人工光合成について、その重要性や必要性を語る声があるものの、一般的にはあまり注目度が上がっていない側面もあるようです。その点について、まず瀧口氏から次のような問いかけがありました。
瀧口氏「人工光合成は、光合成で二酸化炭素を植物に戻したバイオマスを原料として用いるとか、太陽光発電の電力で水分解して水素を作るとか、太陽光を用いて基礎的な炭化水素を作る技術との競合になっていると思うんですよね。もちろんそこで効率を上げて勝つ道もあるとは思いますが、もう少しいろんな人の目に触れる素材を作る技術に焦点を当ててもいいんじゃないかと思いますが、いかがでしょうか?以前、東芝さんが太陽光と二酸化炭素からエチレングリコールを生成したことが話題になりましたが、エチレンからエチレンオキシドになって、エチレングリコールになるという石油化学プロセスの中にあるものが直接作り出せるのは面白いなと思うんですよ。そういう広がりを持たせることについて、どうお考えですか」
この問いかけに対して、
吉田氏「私たちは今のところ、二酸化炭素から一酸化炭素を出すということにターゲットを絞ってやっていますが、それ以外のものを作るのが可能か、可能じゃないかというと、可能だと思います。ただ、難易度があがりさらに難しくなるわけですね」
と回答。
さらに、その理由として
吉田氏「先ほど話したCO2の還元は水中でおこなうのですが、一酸化炭素はガスなので水中からブクブクと出てきてくれるんですね。けれども、例えば水中でメタノールやアルデヒドなどを生成しても、それらの化学物質は水中に留まってしまうので、今度はそれをどうやって分離するかがネックになるんです。それに比べると、ガスで出てくる一酸化炭素はかなり有望です。また、メタンもガスとして出てくるのですが、メタンにまで還元してしまうと、化学物質としては使いづらいんですよ。メタンは燃料としては使えますが、メタンを何か他のものに転換するというわけにはいかず、結局使い道としては燃料として燃やすことになる。ただそうすると一瞬でCO2に戻りますからね。そうなると大気中のCO2は減らないですよね。環境のことを考えると、いかに炭素を地球表面上に別の形で留まらせるかが大切で、例えば、一酸化炭素にすれば、そこからプラスチックを作ったり、医薬品を作ったりして、その状態で長く地表に留まらせることができますけど、メタンガスにしてしまうとあとは燃やすだけなので、大気中のCO2濃度の問題には寄与しづらいです」
と、説明してくださいました。
この説明に瀧口氏も納得されたご様子。
瀧口氏「なるほど。では人工光合成の技術は、やはりCOを作る一つのプロセスと捉えるのがベストだと」
吉田氏「今のところは、私はそう考えています。もちろん世界中にはいろんな人がいますから、他のものをターゲットにしている方もいらっしゃいますが、私はCOがベストチョイスだと思っています」
脱炭素社会へ向けた技術への投資は必要、しかし投資先は一つでなくてよい
人工光合成による一酸化炭素の生成が技術的にも有望であるなら、そこに集中投入すれば良いと考えられそうですが、なぜそれが進んでいかないのでしょう。
この疑問に対して、吉田氏は
吉田氏「今のところ、そこで頑張っても儲からないと皆さん踏んでいるからだと思いますね。今我々の研究では人工の光を使っていますが、もし太陽光を使うとなると、晴れた昼間はいいですが、夜間や雨の日は機能しないということになりますよね。それではビジネスとして難しいと判断されるのでしょう。今は儲からなくても、先行投資でそこに踏み込んでいく余力のある方が手伝ってくれるといいんですが・・・」
と、技術的には重要で、かつ難易度も高いためヒト・カネを投入しなければならないものの、その割にリターンが少ない点を課題として挙げられました。
これに対して瀧口氏は、設備への投資と研究への投資のバランスの矛盾を指摘します。
瀧口氏「脱炭素社会へ向けて、洋上風力などの巨大な設備には何十兆円もお金をかけるわけですが、その一部でもこちらに投資してもらえれば、ものすごく研究ができますよね。私は、自分の領域であるエネルギー関連でNEDOの事業に関わることが結構あるんですけど、NEDOの事業は実装に近い技術にお金を出す傾向があると思うんですね。でも最近、研究者の方にもお金が回るようになっているらしく、NEDOの人が言っていたらしいのですが、先生方の研究開発に投資するほうが、設備にお金を投じるのに比べて、同等の予算で多くの先生方が動けるのでコスパがいいらしいんです。その話を聞いて、今後そういうやり方も増えてくるのかなと思いました」
これに対して吉田氏は、
吉田氏「何割かは研究開発に回していかないと。そのバランス感覚が大事だと思いますね」
と同意。
また、吉田氏は、投資先を一つに絞る必要はないと別の観点から話してくださいました。
吉田氏「もう一つの観点として、『どの技術が勝ちか』とよく言われますが、そうではなくて、太陽電池も大事だし、人工光合成も大事だし、その他の技術も並列してやっていかないと、どれかが独り勝ちしたとしても、そのときにはそのための材料が足りなくなるんですよね。例えば、人工光合成が独り勝ちしたら、その材料が手薄になるわけです。だから、多種多様な方法論をみんなで考えて、それぞれが一つの目標(カーボンニュートラル、カーボンサイクル達成)に向かって頑張るのが大事で、人工光合成はあくまでそのうちのひとつの手段なんですよね。だから、決して人工光合成で天下を取ろうとかは思っていません(笑)」
瀧口氏「そうですよね。エネルギー政策上も、いろんなものに投資されないといけなくて。再エネ一本足打法でいけばいいみたいな声もありますが、政策担当者はみんな怖くてできないと思うんですね。だから、たくさんの技術分野に予算を分散させるのは、カーボンニュートラル技術のような結論が見えていない領域には重要だと思います。何が当たるかわからないですし、小口分散投資みたいな感覚でね」
人工光合成技術の進展に必要なのは、異なる分野からの多角的な視点
では、選択肢の一つとしての人工光合成の技術を普及・発展させていくためには何が必要なのでしょうか。続く瀧口氏と吉田氏の会話に答えがあるようです。
瀧口氏「感覚的で恐縮ですが、オイルメジャーみたいなものは日本に合わないと思っているんです。日本はすごく手間のかかることのほうが得意なので、オイルメジャーのようにドーンと投資するのではなく、そういう技術に細かく張っていくほうがいいような気がするんですよね」
吉田氏「人工光合成もまさに細かいですよ。光触媒を作り込むのにも相当研究が必要ですし、トライ・アンド・エラーも必要です。コンセプトも大事ですよね。そのものを見て、どういう仕組みになっているかを考える想像力も必要です。それには、一つの個性では無理だと思います」
瀧口氏「それはいろんな人が必要という意味ですか?」
吉田氏「はい。私には私の勉強してきたキャリアがあります。でも、違う方向から来た人は、同じ物質でも違う見方で見るわけですね。そうすると、次の一手はどちらかというときに、私と違うことを考えると思うんです。そういう人が10人いれば、誰か成功するだろうと思うんですよね」
と、吉田氏がおっしゃるように、一人の頭脳ではなく、いろんな頭脳で手分けして最適解を手繰り寄せていくことが、遠回りのようでも正解へと辿り着く一番の近道ということなのでしょう。
さらに二人の会話は続きます。
瀧口氏「そういう意味でいくと、いろんな分野の先生方が一緒になって、例えば、この分野とこの分野の人が集まって研究するというような動きを作っていったほうがいいように思いますが」
吉田氏「それはありますね。私も、昔は自分一人で頑張ろうと思っていましたけど、最近、共同研究はいいなと思っています。自分と違う見方をする人と組むのは非常に効果的だと感じるシーンが多々ありましたし。ただし、全然合わないこともあるのでそこが難しいところですね」
瀧口氏「最近、大学と企業が包括連携協定を結ぶ動きがあるじゃないですか。これは、企業がここの技術がほしいというときに、その分野の先生をピックアップしてもらうというような、基本的に1対1の取り組みだと思うのですが、果たしてそれでいいのかと思いますね。その企業にとってはいいのかもしれませんが、長期的に考えると、新しいものを複数の先生で作っていく必要があると思いますので、今の枠組みでは収まらないのかなと」
吉田氏「それは思いますね。光触媒一つをとっても、結晶のことを知らなければなりませんし、どんなリアクターにするのが最も効率が良いかなど、考えることはたくさんあるのですが、残念ながら私は光触媒の専門家なので物質に対するアプローチしかできません。しかし、トータルで製造していくために、どういうシステムにすれば良いかを考えることも必要ですし、もっと言えば、できたものをどうやって売るかも大事です。それこそ政治の力も必要だと思いますし、経済の力も必要です。そのような、全然分野の違う人材を結集していけたらいいなと思います」
そもそも人工光合成の技術は、いつ実用化できるのか
人工光合成の技術が実用化されるまでには、あとどのくらいかかるのでしょうか?また、実用化の可能性はどのくらいあるのでしょう?瀧口氏が核心をついていきます。
瀧口氏「今さらすみません。人工光合成って、絶対できると言えるものなのでしょうか」
これに対して吉田氏は、
吉田氏「今研究で実現できている部分は必ずできます。それは確かですが、儲かるレベルまでいくかというと、現在のように安い石油がガバガバと採掘できる状態ではまだ難しいでしょう。ただ今後、石油の値段が上がっていけば、少しぐらいお金がかかってもグリーン水素を作ろうという人が出てくるはずですよね。だから、現状では無理でも何十年か経てば必ずできると思います。そちらの方向に行くのが圧倒的に正しいはずなので。と、私は思っているというか、願っています」
と答えてくださいました。
この意見に滝沢氏も
瀧口氏「私は石油の値段はいつか跳ね上がると思っているんです。それは、石油産業がやがて手仕舞う側になって、担う企業が減って供給自体も細り、競争もなくなってコストが下がらない状態に陥って価格も跳ね上がっていくという流れだと思うのですが、『いや、石油なんてまだまだ埋蔵量があるんだからそうはならないよ』という意見もあると思います。意見としてはどちらもあると思うんですけど、僕は上がると思っています。そこで大切なのは、石油の値段が上がるシナリオに備えて、人工光合成という選択肢も用意しておくことかなと思いますね」
と同調されます。
さらに吉田氏は、期待を込めてこう語ります。
吉田氏「先ほど少し言葉足らずでしたが、人工光合成は技術的に達成できると思うんですね。私の代では無理でも、何代か続けば必ずできるだろうと。その根拠として、まず原理がクリアだということと、課題に対してどう乗り越えていくかどんどん新しいアイデアが出てきていることが挙げられると思います。私の研究に限っても、年を追うごとに着実に成果が上がっています。これを大勢の人がやっていけば、何十年後には『人工光合成って簡単な技術だよね』という日が必ず来るだろうと考えています」
求められるのは、次世代へと研究を継いでいってくれる人たち
吉田氏の研究を、今の学生たちはどう捉えているのでしょう。研究室に次世代を担う学生は集まっているのでしょうか。
これについて吉田氏は、
吉田氏「これは大学のシステムの問題でもありますが、私の研究室にはいわゆる普通の大学生は来ない現状があるので大学院生を中心にやっていますが、日本人が少ないのです。大学院は入学してくる人が京大生だけでなく、他の大学、あるいは他の国から毎年のように来ていただけるので、そういう意味では人気はあるのですが、もう少し日本人にも振り向いてほしいとは思いますね」
とコメント。
さらに、瀧口氏からの
瀧口氏「日本人の学生は、興味が他にいってしまうのでしょうか?」
という質問に対しても
吉田氏「どうなんでしょう。うちの学部は、文系も理系もある特殊な学部なので、他にいろいろ面白いことが見つかるんですかね。中には文化的なことが好きな人もいますし、自然の摂理を調べるのが楽しいという人もいます。いろんな道があっていいと思うんですけど、ただ、皆さんに、『では、エネルギーはなくなっていいんですか?』と問いたいです。本日のイベントタイトルに、『このままでいいのか?』と入っていますが、このままでは良くないですよね」
と、今後への危機感を隠さずに述べてくださいました。
このようにトークを重ねていくうちに90分という時間はあっという間に過ぎ、最後にゲストの皆さまからそれぞれコメントをいただいて、イベントは終了となりました。
【ゲストの皆さまの感想コメント】
山北氏「吉田先生のご研究は、なかなか一般向けに解説いただくのが難しい部分もあると思っていましたが、分かりやすくご説明いただき驚きました。お金に関する課題もあることがわかりましたので、そのような部分で少しでもご協力できるよう考えていきたいです」
瀧口氏「人工光合成や光触媒の資料を見ても、あれもこれも書いてあって、よくわからない感じがあったんですが、先生のお話を聞いて、要するにCOにするプロセスをベースに考えていけばいいんだなと、これからものを見ていく軸ができたような気がしております。ありがとうございました。それから、我々は京大と一緒にコンソーシアムを立上げたのですが、企業とではなく大学と一緒にやっていくと考えたときに、研究にお金が回る仕組みをいかに作っていくかが重要なポイントだと思っています。今日のセッションで、何となくこういうやり方だったら一歩進めるかなと思いつくところも出てきました。これを進めていくのは簡単ではないと思いますが、お金が回って、ポストもできて、研究ができるような新しい仕組みを作っていきたいと思っていますので、吉田先生とはまた何かの機会にご一緒させていただければありがたいです」
吉田氏「人工光合成は、昔は実現など夢のまた夢というレベルのものでしたが、現実に水素や一酸化炭素を生成できるレベルにまでなってきました。これは将来的に、本当に人類の持続性の一端を担う技術になると確信しています。そのためには、お金の話もありますけど、まずは人ですね。お金がついてくれば、人もついてくるのかもしれませんが、人がいろんな知恵を使って、打破していくということが、一番の鍵だと思います。今日のお話がそのきっかけになっていれば幸いです」
イベント終了
『このままでいいのか?カーボンサイクル~人工光合成の可能性に迫る~』というテーマでおこなわれた今回のトークセッション。『このままでいいのか?』というタイトルに対しては、「良くはない」という結論の一致が見られましたが、ではこれから人工光合成の可能性を広げていくためにどうしていけばよいかという点においては、まだまだ考えていく余地の膨らむ終わりとなりました。これらの課題についても、また今後、皆さまと一緒に考えていけたらと思います。