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魚を健康に大きく育てる機能性腸内細菌の技術を開発し、養殖漁業をサポート
梅田先生が京都大学を退官されてから、一念発起して起業されました。セカンドキャリアとしてのとてもチャレンジングな精神に共感し、京都iCAPとしては2022年よりご一緒させていただいています。身近な食の問題に科学的な新たな観点から切り込んでいく姿勢は、見ていても非常にワクワクします。ホロバイオが水産業界を活性化させる起爆剤になることを期待しています。
京都大学イノベーションキャピタル株式会社 投資担当者より
乱獲や温暖化の影響で天然の水産資源が減少していることから、安定的に量産できる養殖漁業の重要性が高まっている。人類の食糧問題の観点から見ても、タンパク質確保の手段として、養殖漁業は今後ますます拡大していくことが予想される。しかし、効率的な生産技術の開発や増大する飼料コストへの対応など、課題が多いのが現状だ。ホロバイオは機能性腸内細菌によって魚を健康に大きく育てる独自の技術を開発。代表取締役社長の梅田眞郷氏と取締役の小林俊秀氏は研究者として積み重ねた知見を生かし、新たな技術を創出。養殖漁業に革新をもたらすとともに、世界の食糧問題の解決に貢献しようとしている(聞き手:田北みずほ 2024年7月取材。所属、役職名等は取材当時のものです)
地域固有の生物の機能を活用し社会に役立つ技術開発をめざす
梅田社長は京都大学教授を定年退職してすぐの2020年4月に、ホロバイオを設立されたんですね。なぜ起業しようと考えたのでしょうか。
梅田 長年にわたって分子生物学の研究をしてきました。分子生物学では、ショウジョウバエやゼブラフィッシュなどのモデル生物を使って研究を行うのが一般的です。私も京都大学ではショウジョウバエを使って体温調節の仕組みなどを研究していました。とはいえ、世の中にはモデル生物以外に多様な生物が存在しています。特定の地域にしかいない固有種なども、モデル生物レベルの研究は進んでいないんですよ。そういった生物を詳しく研究すれば、なにか面白いことがあるんじゃないかと考えたんです。
琵琶湖には14種の固有種がいるんですが、学生と一緒に行っていろいろと調べてみたら、驚くことがありました。イサザという魚に、動物の成長に必要な脂質であるエイコサペンタエン酸(EPA)を豊富に作る新種の腸内細菌を発見したんです。天然の魚の腸内細菌は独自に発展し、生態や成長に大きく関わっている。この研究をもっと深めれば、養殖魚の成長促進や免疫強化に役立つ技術を生み出すことができるのではないかと考え、起業を決断しました。
起業に向けて動き出したのはいつからですか。
梅田 準備を始めたのは、退職の1年ほど前からです。実は、多忙だった僕に代わって娘がある起業セミナーに参加したんですが、それがきっかけで京都iCAPの方に出会うことができました。当時僕は、ベンチャーキャピタルが何なのかすらわかってなかったんですけどね。それが縁で、会社設立に向けたさまざまサポートをしていただきました。
小林さんは取締役・研究統括として参画されていますが、梅田さんが起業すると聞いてどう思いましたか。
小林 何やっちゃったんだろうって(笑)。梅田さんとは東京大学の博士課程時代に同じ研究室にいた同級生。私は理化学研究所、フランス国立衛生医学研究所などでずっと脂質の機能の研究をしてきたので、魚の脂に関することなら役に立てるかなと思って加わりました。
梅田 魚の身は筋肉。その筋肉にどんなふうに脂がついているかで味が変わりますよね。彼は分子レベルでの脂質分析技術や解析技術に長けているから、彼なら何かやってくれるだろうと声を掛けたわけです。
“社名はどうやって決めたのでしょうか。
梅田 50年後の未来には、さまざまな生物の機能が新しい産業のベースになっていくのではないかと考えているんです。生物の新たな機能の発見・解明による革新的技術の創出を目指す、という意味で「ホロバイオ(すべての生物)」という社名をつけました。
魚の成長を促進する機能性腸内細菌で養殖の課題解決を図る
魚の天然資源が減少している中、養殖は非常に注目されていますね。
小林 日本ではブリやハマチ、マダイ、カンパチを始め、さまざまな魚が養殖されています。でも、水温、水質、エサなどの管理がとても重要。私も驚いたんですが、いけすの魚があっけなく全滅してしまうこともあるほど難しいものなんです。
梅田 養殖魚の腸内細菌を調べてみたら、とても貧弱だったんです。ヒトの健康維持には腸内細菌の多様性が重要であることが知られていますが、魚も同じ。腸内細菌環境が貧弱だと、効果的に栄養を摂取することができないので、生存率や成長率が低くなってしまいます。ですから、当社では魚の種類ごとに最良の腸内環境を割り出し、仔魚の段階でエサと一緒に数種類の菌をブレンドした腸内細菌カクテルを食べさせるんです。すると腸内細菌環境が良くなり、健康に大きく育てることができる。腸内細菌を改変することによる新たな養殖技術として特許出願済みです。ニジマスの稚魚の実験では、機能性腸内細菌を与えたものは与えないものと比べて1.3倍の大きさに成長し、感染症への耐性や免疫機能の向上が確認できました。
養殖業者の反応はいかがでしょうか。
梅田 初めはどこに行ってもあまり相手にされなかったんですよ。
小林 エサとして魚に菌を与えることはこれまでにもあったようです。でも、当社は菌を与えることによって腸内環境を変える。そこが従来のものとはまったく違うんです。
梅田 粘り強く説明していくと興味を示してくれる方もいて、現場で使ってもらいながら、魚の腸内細菌の変化や成長の度合いなどの効果を調べています。
小林 昨夏、ある会社がカンパチ養殖で試したところ、機能性腸内細菌を与えていないいけすの魚は死んでしまったものの、与えたほうは元気に育ったという結果も出ています。ほかの魚でも大手養殖会社と一緒に実験を続けているところです。
今後はどのような事業展開を考えていますか。
梅田 生産から出荷まで、一括管理したブランド魚「サステナぶり®」を作ることを目指しています。養殖に関しては機能性腸内細菌群を活用し、水揚げや加工、輸送の部分はこれまでのプロのノウハウを科学的に分析して管理していくというものです。これによって、高品質でおいしく、そして環境負荷が低い魚の生産を実現できると考えています。
魚の腸内細菌が良くなることは「おいしさ」にも影響するのでしょうか。
小林 まだわからないことも多いんですが、脂の含量が変わってきます。脂がどのくらいあれば人はおいしいと感じるのか見極めないといけませんし、脂と身がバランス良く分布していることも重要。当然、エサも関係してくるので、今はさまざまなデータを蓄積しているところです。おいしさって一人ひとり感じ方が違うものなので、一概には言えないですよね。京都の老舗料亭の料理人に協力してもらって、意見を聞きながら目指す方向性を決めていくつもりです。
梅田 当社は植物繊維の消化を助ける機能性腸内細菌というのも発見しています。養殖魚の主なエサである魚粉が高騰しているので、植物性の飼料を効率よく吸収し、成長が促進される個体を生み出すことにも挑戦していきたいですね。養殖漁業による食糧生産は、人類のタンパク質確保の有力な手段として今後さらに拡大していくことになると思うので、当社の技術で大きく貢献したいと思っています。
シニア研究者の知識や経験を社会で生かす支援をしたい
技術開発とは別に、シニア研究者の支援にも力を入れたいと考えているそうですね。
梅田 定年退職しても、研究を続けたいという研究者は多いんです。当社にもシニア研究者がいますが、長年積み重ねてきた知識や経験は社会のさまざまな分野で生かすことができると思っています。研究がビジネスになるかどうかの判断や会社をつくる際のサポートができればいいですね。生物系でしたら顕微鏡や解析機器など使用する機器は同じですので、当社の機器を共用する形で研究をしてもらって、うまくいったらスピンアウトしていくというのもありかなと。もう少し余裕ができたら、そういったこともやっていきたいと思っています。
会社設立から4年ほど経ちましたが、起業してよかったと思うのはどういう点ですか。
梅田 新しいことを毎日考える楽しさがありますね。研究者時代と一番違うのは、クライアントがいるということ。解けない問題にタックルするのが研究者ですが、経営者は一つひとつ問題を解いていくというステップがクリアです。これまで培った知識や研究を新たな分野で生かせる場を作れたことは良かったと思っています。
最後に、起業を考えている方にメッセージをお願いします。
梅田 やっぱり好きなことができるのはいいですよ。うまくいかないこともあると思いますが、その時にくじけないことが大事でしょうね。
この記事は、京都iCAPのウェブサイトに掲載されたものです