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【製品化ストーリー】
京大発明者×株式会社TLO京都 対談

逆転写酵素研究から生まれた発明が、コロナ禍の世界に恩恵をもたらすまで

新型コロナウイルス感染症が流行した影響もあり、そのPCR検査に用いられる高耐熱性の逆転写酵素が今まさに注目を浴びています。全世界がこの試薬の恩恵を受けているような状況の中、高耐熱性逆転写酵素を発明した京都大学の保川教授と、その技術移転活動を担当した株式会社TLO京都の藤田氏に、発明の経緯や製品化に至るまでの流れや思いを振り返り、語っていただきました。

企業での経験をもとに、大きな発明への第一歩

●研究までの経緯 ——

(藤田)保川先生が京都大学で逆転写酵素の研究を始めたのはいつごろからでしょう。きっかけなどはあったのでしょうか?

(保川)私は1984年に東京大学の大学院を卒業したのですが、卒業後すぐ大手化学メーカーに入社し20年務めた後、2004年10月、京都大学に着任いたしました。

化学メーカー時代から研究者としていくつかの研究をおこなっておりまして、核酸増幅試薬を開発するグループに所属していたときには、逆転写酵素の買い付けなどもおこなっていたんですね。世界中の企業を巡って逆転写酵素の製造設備を見学したり、サンプル集めたりしながら購入の可否を検討していたのですが、おかげで当時、世界の逆転写酵素の市場についてはだいたい把握できていました。会社の予算を使ってさまざまな情報を集めていましたので、かなりの確度の高いデータを持っていたと思います。

その後、本学に来たわけですが、当初は准教授としてさまざまな研究をサポートする立場でした。それから2年ほど経ち、当時の教授からそろそろ独自の研究も開始するようにと言われまして。

化学メーカー時代の経験から、逆転写酵素の熱安定性を上げることは非常に重要だと痛感していましたし、また、逆転写酵素のどういう材料がどこにあるか、市場についても頭に入っていましたので、自身の研究として逆転写酵素についての研究を開始したわけです。

(藤田)研究を進める中で、耐熱性を上げるためにはこの部位を変異させるのがよいだろうというような予想があったのでしょうか?

(保川)そうですね。「基質と強く結合すると酵素は安定化する」というのは通説ですので、あとは立体構造を見ながら進めていったという感じですが、核酸の負電荷を見ているのは明らかですから負電荷のアミノ酸だけを正電荷に変えてやればいけるかな、という予測のようなものはありました。

したがって、モデリングで立体構造を作って進めるというようなきちんとした手順ではなかったですが、結果を理論に当てはめながらきちんと体系化していきました。

●発明の届け出 ——

(藤田)その逆転写酵素についての発明を大学側に届け出されて、TLO京都が技術移転活動を引き継いでいくわけですが、先生の発明届はいつもきちんとされていますよね。

(保川)会社員のころから明細書などはきっちりと書いていましたから、その習慣が染みついているのだと思います。もちろん最終的には知財部や弁理士さんのほうで訂正はされるのですが、原案としてはきちんと作っていましたから、当時からそういうものだと思っていたところはありますね。

(藤田)先生の発明届は、発明の明細書のように詳しく書いていただいているのでとても助かっています。この届け出がどう使われるのか、産業活用される特許の重要性を理解して書いていただいているのだなということが伝わってきます。

大学で生まれた発明を、社会で活きる価値へ

●商談先が見つかるまで ——

(藤田)当初、先生の発明についての技術移転活動を担当していたのは、私の前任者の西田でしたね。

その西田が当時、先生の発明した高耐熱性の逆転写酵素は世界で使われる試薬になると判断して、全世界に向けてご紹介させていただきました。バイオ・医療分野の企業が多数集まるパートナーリングイベントで多数の企業様にお話ししたり、1社1社と面談してご紹介していったり、国内外さまざまな企業様にお声がけしたと聞いています。

新しい特許技術などはまず企業の方々に知っていただくまでが大変で、ケースバイケースですが大体50〜60社にお声がけしてやっと徐々に企業様の手が挙がり始めるということが多く、今回の件に関しても西田はかなり奮闘したようです。

実は他にも何社か候補があったようですが、ロシュ社は大きな企業ですし、当時、逆転写酵素のシリーズを自社で保有していなかったということで、ぜひラインアップに加えたいという強い思いがあったそうで、おそらくロッシュ社ならきちんと製品化まで達成してくれるだろうという見込みも含めて、有力なライセンス候補として選定したようですね。

(保川)当時、西田さんにいろいろと探していただいてよいライセンス候補が見つかったと、TLO京都の別の方から伺いました。その方のお話しぶりからも、西田さんがいたから見つけられたというニュアンスがくみ取れましたが、そういう意味で西田さんにも大変感謝しております。

●商談先が決まってから ——

(藤田)ロッシュ社との交渉がスタートしてからも、何度かサンプルを送っていただいたりと先生にもかなりご迷惑をお掛けしたかと思います。ご負担ではありませんでしたか?

(保川)普段の研究の合間にできることですので、それほど大変ということはありませんでした。ただ、自分の研究で使うものであれば上手く機能しない場合はまた作ればよいのですが、サンプルとして先方に送るものは正しく機能しないと信頼を裏切ることになってしまうので、その部分では気を遣いましたね。大学の研究室は、メーカーのように製造管理や品質管理の部署があるわけではありませんので。

それから添付する情報などは正確でわかりやすいものでないとダメだということは、化学メーカー時代に逆の立場を経験してきてわかっていましたのでその点も意識しました。

TLO京都さんに一生懸命やっていただいているわけですし、せっかくのチャンスですので逃したくないという思いもありましたから。

あとは、いたずらに時間をかけないよう気をつけましたね。普段から何事も早いほうがいいと思っていますので。

それ以外に関しては、交渉中は利益相反の関係から私は一旦蚊帳の外になりますから、必要なときだけTLO京都さんから状況をお伝えいただくという形でしたが、逆に言うとそれが私にとっては楽でよかったですね。ライセンス契約に関することはTLO京都さんに任せて、自分の研究に没頭できますから。

(藤田)TLO京都としては、複雑なやり取りなどは我々にお任せいただいて、先生には研究に集中していただきたいというのが本音ですので、そう言っていただけるとうれしいです。

●ライセンス契約の締結 ——

(藤田)契約の交渉から約1年、2013年にロッシュ社とのライセンスが締結するわけですが、長かったなという思いなどはありましたか?

(保川)こちらも先方も組織として動いているわけで、いろんな人も絡みますし、上層部への確認も必要でしょうし、そういうところで時間がかかるというのは、会社にいたころから経験していましたので特に気にはなりませんでした。必要な時間をかけたおかげで大きな成果につながったと思っています。

(藤田)ロッシュ社とのライセンス契約は大きな案件でしたし、2013年当時は、京都大学としても、TLO京都としても、海外とのライセンスはまだ少なかった時代ですので、大変よい実績になったと思います。また、ライセンス契約だけでなく、先生とロッシュ社との新たな共同研究にも発展していったということが、非常に良かったなと思います。

(保川)藤田さんには、ロッシュ社との共同研究の話のときも、電話会議などいろいろお世話になりました。

(藤田)やはり先方とのコミュニケーションは重要ですから。特に、契約時の書面での交渉などになると、契約の文言など、先方が何を意図しているのか、なぜこの項目を削除したいのかなど、細かい意図をきちんとお伺いしないとこちらも受け入れるべきか判断できないことになりますので、契約交渉のときから何度も電話会議をセッティングして先方の担当者や法務の方と話すようにしていました。

その流れで、先生とロッシュ社との共同研究のお話になってからも、先生と先方の担当者の中にTLO京都も入らせていただいてなるべくコミュニケーションに齟齬がないように頻繁に電話会議はさせていただきましたね。

研究を続ける使命と、その成果を社会につなぐ大切さ

●製品化の実現 ——

(藤田)その後、ロッシュ社から先生が発明された高耐熱性の逆転写酵素が「NxtScript Reverse Transcriptase」という名称で販売開始されたわけですが、特別な思いなどはありましたか?

(保川)やはり研究成果のひとつの形ですからうれしい思いはありましたが、別段それを引きずることはなかったですね。私としては、常に今取り組んでいる研究が一番大事ですので、製品化の件については、何かTLO京都さんから連絡があればそれに対応するというくらいで、それ以上の思いは特になかったです。

(藤田)そういうものなのですね。周りからの反響も特になく?

(保川)そうですね。そんなにたくさん反響がたくさんあったわけではないですし、製品のことは知っていても、私の発明からそれが生まれたと知っている人はそれほどいないのではないでしょうか。研究者としてはそれでいいと思っています。

(藤田)技術移転活動を担当させていただいた身としては、ライセンス契約ができても必ず製品化が成功するとは限りませんので、ロッシュ社という確かな企業につなぐことができ、それが社会に役立つ製品という形にまでたどり着いたことは非常にうれしいですね。

また、先生とロッシュ社との関係が共同研究という形に発展したこともうれしく思います。

●最後に ——

(藤田)最後に、先生から見たTLO京都に対する思いなどはありますか?

(保川)大学の教員というのは研究を一所懸命やるという点では共通していますが、そのやり方や考え方は一人ひとりまったく違います。TLO京都さんは教員一人ひとりの個性に上手く合わせながら対応されていると思いますが、それは大変だろうなぁと思います。特に本学の場合は、「自由」という言葉のもとで個性的な教員が多いですから(笑)。

その辺りのご苦労はたくさんされているのでしょうね。この教員にはこういう風に話すのがよいとか、この教員にこれは言ってはいけないとか、たぶん一人ひとりの対策を持っているのではないでしょうか。

しかし、そのおかげでこちらはほとんど苦労することがありません。TLO京都さんがすべて補ってくれますから。そういう意味でも、TLO京都さんはなくてはならない組織であると思います。

(藤田)そう言っていただけるとうれしい限りです。本日はありがとうございました。

発明から製品化までの流れ

2010年3月:保川先生より、京都大学内での発明届

2010年8月:国内特許出願→TLO京都にて産業界へ紹介活動開始

2011年7月:TLO京都にて試料提供契約を手配のもと、保川研究室のサンプル酵素をロシュ社へ提供

2012年1月~:TLO京都にて特許ライセンス交渉

2013年3月:京都大学-ロシュ社間での特許ライセンス契約締結、及び、保川研究室-ロシュ社の共同研究開始

2014年12月15日:ロシュ社より、”NxtScript Reverse Transcriptase” 販売開始

京大発明者の研究に対する想いや、TLO京都への信頼が伝わってくる対談となりました。
今後も産学連携情報プラットフォーム Philo-では、株式会社TLO京都の製品化事例や最新発明情報を発信していきたいと思っております。今後もご注目ください。

本件に関してご質問等ございましたら、下記のリンクよりTLO京都に直接お問い合わせくださいませ。

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