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【製品化ストーリーvol.2】
京大発明者×ティエムファクトリ×TLO京都 対談

「エアロゲル」で、人々の暮らしと社会に変革を

〜三人四脚で歩む男たちの軌跡〜

エアロゲル。その90%が空気でできているため、透明で驚くほど軽く、かつ、抜群の断熱性を誇る画期的な素材です。しかし、優れた性能の反面、非常に脆くて製造コストもかさむため、これまで実用化はほとんど進んでいませんでした。そんな幻の素材の弱点を克服する発明をおこなったのが京都大学の中西和樹教授。そして、その発明をもとにベンチャー企業を立ち上げ、エアロゲル「SUFA」として実用化を目指すのがティエムファクトリ代表の山地正洋社長です。今回は、エアロゲルに惚れ込み、その事業化をサポートしてきたTLO京都の清水氏を交えて、発明のきっかけから現在に至るまでの軌跡を語っていただきました。

エアロゲルの発明と事業化へのきっかけ

(清水)中西先生がエアロゲルの発明をされて特許出願を終えられたのが2005年の8月だったと思うのですが、まずはどういう経緯でエアロゲルを作ることになったのかお話しいただけますか。

(中西)実は、私がエアロゲルを作ろうと思ったわけではなく、きっかけはある企業からの依頼だったんですね。自動車のトランスミッションを扱う会社だったのですが、EV化が進む将来を見据え、エネルギー関係の新しい素材を自分たちの商売として持つべきだと、当時の代表が仰ったんです。

社内では素材開発のテーマが5つほど候補としてあったらしいのですが、そのうちのひとつがエアロゲルで、しかも、その担当社員がある程度の専門知識を持っていたようで、「エアロゲルを低コストで実現できるのは京大の中西だろう」という目星を勝手につけて(笑)、ある日突然私のところにやってきたんです。

そのころウチの研究室には金森くんという優秀な学生が在籍しておりまして、彼が研究していた有機官能基のついたシリカゲルを使えばその企業が要望しているエアロゲルが作れるのではないかということで研究を進めたんですね。

そこから2〜3ヶ月ほどでエアロゲルと呼べるものはできました。ただ、従来のエアロゲル同様非常に脆いものだったんですね。しかも、それを乾かすには「超臨界乾燥法」という特殊な乾燥法が必要だったのですが、この方法がまた非常にお金がかかるもので。「超臨界乾燥法」を使わない方法でなければコストを下げられないのは自明でしたので、それなら、求めるエアロゲルに限りなく近く、かつ特殊でない乾燥法で作るにはどうすれば良いかということで、そこから非常に難しい研究に取り組むことになりました。

(清水)なるほど。

(中西)それからは、その企業とウチの研究室とでラボを借りて2〜3年ほど集中的に研究をしました。その結果、「常圧乾燥」と今我々が呼んでいる乾かし方でもほぼ同じものができることを発見したんです。

しかし、研究は成功したものの、これをどう売っていくかという段階で結局その企業との話は流れてしまい、技術だけが中に浮いた状態になってしまったんですね。

ちょうどそのころに山地さんが、そういうものがあるならぜひ自分が事業化したいと手を挙げてくれまして。

研究室の中で開発に成功するのと、それを本当の意味で社会に出すのとではまったく違いますから、山地さんがいなかったらこの技術も埋もれたままになっていたかもしれません。

(清水)中西先生と山地社長がどう出会われたか、私も存じ上げてなかったのですが、そういう始まりだったんですね。

(山地)普段そういう話はしないですもんね。あのころ私は京大の研究員で、レーザーをいろんな物質に照射して物質がどう変化するかを見ていく「レーザーと物質の相互作用」というテーマで研究をしていたのですが、その物質の候補のひとつにエアロゲルが上がってきたんです。エアロゲルというもの自体は理系の人間なら大概知っているのですが、それを生まれて初めて手にして、「これがあの噂の素材か!」と大変感動したわけです。見た目も手触りもこれまでにないものでしたから。

そのころから起業することは考えていたのですが、エアロゲルを見たときに、これを事業化するのは面白いかもと直感で思ったんですよね。そのときはまだエアロゲルに優れた断熱性能があることもよく知らなかったのですが、とにかくすぐにそのエアロゲルを作ったという中西先生の研究室へ行きました。そうしたら事業化するための旗振り役がいないとの話だったので、「もしかしたら俺のライフワークはこれかな」と考えたんです。

(清水)そんなことがあったんですね。

(山地)研究員として大学で研究に携わってきて、京大の中だけでも新素材がたくさん生まれているなと感じていたのですが、でもそれらはいつ世に出るかまったくわからないぞとも思っていて。一方でそのとき世間では日本の一人当たりのGDPが意外と低いぞという話もあって、それって要は付加価値がつけられてないからじゃないのと思ったんですよね。大学の中にはこんなに付加価値が埋まっているのに、それをきちんと経済効果に結びつけられてないんだなと漠然と思ったんです。

そんなこともあって、昔は自分が研究者として新しい研究成果を生み出してそれがいずれ市場に出ればいいなと考えていたんですけど、だんだんと、埋もれている知財の原石を経済効果に結びつける橋渡し役のほうが日本には必要なんじゃないか、そっちのほうが自分に向いているんじゃないかと思うようになったんですよね。

そうこうしているうちに、NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)のスタートアップイノベーター制度に採択されて助成金がいただけることになったのですが、それがこのエアロゲルだったわけです。

当時すでにティエムファクトリという会社を起こしていて京大の知財である蓄光材料などでの事業化も模索していたのですが、自分たちはベンチャー企業でリソースも限られていますから、選択と集中だということで、エアロゲル一本でいくことに決めました。

エアロゲル「SUFA」透明で驚くほど軽く、かつ、抜群の断熱性を誇る画期的な素材

(清水)なるほど。そこからエアロゲル「SUFA」の製品化が始まっていくわけですね。

それにしても、山地社長がエアロゲルをひと目見て、その可能性を感じられたというのは納得できます。私も中西先生の研究室にお邪魔させていただいて、エアロゲルを初めて見て触れたときの感覚はいまだに覚えていますから。「何だ?この軽くて透明な物体は!」と。あの衝撃は忘れられないですよ。

(山地)ですよね、そうなんですよ。

エアロゲル製品化へ向け、苦難の道の始まり

(清水)ただ、山地社長がこれでいくぞ!と思われたころは、まだ大学発ベンチャーに対する大学側の支援体制も整っていなくて、知財はあっても事業化を進めていく上で相当苦労があったんじゃないかと思うのですが。

(山地)アメリカなどではベンチャーに対する支援制度があったと思うのですが、当時はそういうことを知らなかったので、やりづらさは感じていましたがこんなものなのかなと。むしろ桂のインキュベーション施設を安く貸してもらえただけでもありがたいと思っていました(笑)。

(清水)立ち上げのころは特に資金調達なども大変だったと思いますが、中西先生のところに相談などはなかったのでしょうか。

(中西)いえ、資金面での相談などは一切なかったですね。そこは山地さんが試行錯誤して、手探りしながらそれはもう色々と動かれたと思います。そうやって頑張っている中で、NEDOのスタートアップイノベーターで助成金がいただけたんだよね。

(山地)はい、あれが通ってなかったら今は無いですね。しかもあれは100%の助成だったので、本当にありがたかったです。

(清水)TLO京都についての印象はどうでしたか?特許の使用契約の面で、当初は我々に対してあまり良い印象を持たれてないかと思うのですが。

(山地)どこまで話していいんかな?(笑)。

(清水)今日はざっくばらんに話してもらって大丈夫です(笑)。私どもの話で言うと、今回のエアロゲルの場合は、ティエムファクトリというすでに事業化していただける企業さんがいらしたので、TLO京都としてこの技術をどうやって売り込むかという部分を考える必要はなかったのですが、一方で、山地社長と最初にお会いしたころは、大学側の特許契約に対する考え方がベンチャー企業のそれと相当ズレがあったので、関係性が上手く築けていないなという思いは私にもありました。

(山地)まあそうでしたね。ウチはベンチャー企業で当初は弁理士についてもらうこともできていなかったので、その中で大学の知財をどう使っていったらよいのかをニュートラルな立場できちんとサポートしてくれるTLO京都さんの存在は本当にありがたかったんです。ただ、ロイヤリティレートの設定をどうするかという交渉ではなかなか折り合いがつかず・・・。当時は大学側も、一般企業に対してはこういうレート、ベンチャーに対してはこのぐらい、というのがなかったですもんね。

(清水)そうなんです。ティエムファクトリさんと特許の使用契約に関するお打ち合わせをさせていただいたころは、いわゆる京大発ベンチャーというのがほとんどなかったので、こちらも一般の企業さんと同じようなレートで交渉してしまったんですよね。でも、これから事業化していこうというベンチャー企業さんにはまだそんな資金があるわけもなく。ではどういう契約形態なら将来性も含めて両者にとってWin-Winになるのか私にもまったく知識がなく、相談できる相手も大学内にいなかったので、最初に山地社長とお話ししたころはこの辺りの意識合わせをするのに苦戦しました。

(山地)前例がないから仕方ないんですよ。仕方ないけれど、現実問題としてウチにはまだお金がないというのがあるから(笑)。とは言え、この技術を世に出さないと1円にもならんぞという話をさせてもらってね。

(清水)山地社長からすれば、いきなり一般の企業と同様に扱われても無理だよとなりますよね。それで私もベンチャーは事業化してなんぼだということを組み入れつつ大学のほうを説得するんですけど、大学は大学で前例がないことに対して腰が重く、ベンチャー向けに金銭面の条件を低めに設定することにも反対意見が出たり、当時は間を取り持つのが大変でした。

丁寧に説明を重ねることでそこを乗り越えて、今では山地社長とも良好な関係を築くことができ、じゃあ次はこういうふうにしてみませんかと新たな提案も出せるようになったので、私も成長させてもらったなと感じております。

(山地)清水さんは清水さんで頑張っていただいていたので、清水さんに言っても仕方ないんですけど、当時はね(笑)。

でも、おかげで大学側にも柔軟な考え方を持っていただけるようになってきましたから。我々がちょうど歴史の変換点にいたような気がします。

(清水)その後、しばらく山地社長のほうで着々と事業化を進める中で、確かあれは2017年だったと思いますが、大学発ベンチャー表彰の経済産業大臣賞を受賞されましたよね。あれぐらいからティエムファクトリさんの名前がぐんと広まった印象があるんですけど。

(山地)実際そうですね、あの辺りから表彰も増えてきたので。

(清水)山地社長と中西先生が写っている授賞式の写真を記事で見たとき、私が今関わらせてもらっている案件がこんなことになっているんだ!と思ったのを記憶しています。

(山地)ああいう表彰などが取り上げられ始めて、やっと大学発ベンチャーに対する理解が進み出した感じですよね。

(清水)そうです、おっしゃる通りです。

(山地)スタートアップイノベーターに採択された2014年ごろはまだ大学発ベンチャーへの理解もなかったので、「発明者でもない人がなぜかCEOとして人の技術を事業化している」「それってパテント・トロールじゃないの?」みたい揶揄や皮肉めいたこともよく言われました。今でこそ発明者と事業化する人は別の方がいいという認識は広まっていますが、当時はそんな認識もほとんどありませんでしたから。

(中西)当時、大学発でやるベンチャーは実績がなかったからね。企業が社内発明をビジネスにするとなったら全部自前でやるじゃないですか。だからそれに習うのが王道という考え方があって、発明者じゃない人が横から手を挙げて「それ俺がやるよ」というのは非常に例外だったんですよね。

(山地)あのころはそうでしたね。

エアロゲル量産化へあと一歩、そして今後の可能性

(清水)そういう逆風を乗り越えながら、エアロゲルの実用化を目指す中で、2020年、茨城県のほうに茨城エアロゲルテクノロジーセンターを建てられましたね。もう本当に実用化の一歩手前、量産化の体制まで整ってきていると思うのですが。

(山地)実はあのセンターは生産設備というよりラボとしての機能がメインなんです。というのも、このエアロゲル「SUFA」を作るのにアルコールを扱うのですが、アルコールって危険物なので消防上のいろんなレギュレーションがあってベンチャーが入居させてもらえるようなインキュベーション施設では、思うような量が使えないんですよね。そのせいで開発が思うようにできないなら建てるしかないと思ったのが正直なところで。だからあのセンターで量産化できるとは思っていなくて。量産化まで持っていくにはさらに費用もかかるので、全部自社で出資するか、いろんなパートナー企業さんにも協力いただきながら進めていくか、今は両方の選択肢を探っているところです。

(清水)なるほど。でも実用化まで本当にあと一歩ですね。
しかし、このエアロゲルはほとんど光を遮らずに、かつ優れた断熱性があって、私も本当に衝撃を受けましたが、最初の特許である平面板状のエアロゲルから、曲げられるものや、大きな面積のものなど、どんどん改良発明もされていますよね。今後、建築や自動車業界など多方面で活躍するだろうなと想像つくのですが、これからの可能性として、エアロゲルはどうなっていくか、または、こういうふうに使ってもらえると嬉しいというのはありますか。

(中西)そうですね、材料としての側面から言うと、結局、無機材料からハイブリッドになって有機材料になっていくんですよね。今までの材料の流れはみんなそうですから。ですので、エアロゲルがプラスチックと同じようにオール有機で作れるようになって、しかも構造制御は今と同程度にできるというところまでいくと我々の研究としてはひとつのゴールかなというふうに見ています。
無機の重合反応と有機の重合反応は本質的に違うところがあるので、構造制御を同じ原理でできるかは学術的にもまだわかっていませんが、そこを詰めながら1〜2mmのシート状で非常に高い断熱性を備えたまま、自由に曲げて形が変えられるとか、そういうふうになるのが最終的な到達点ではないかなと思いますね。

(山地)事業面での考え方でいうと、これまでは断熱材として省エネに貢献できるという切り口だけで用途開拓をしてきましたが、加えて最近注力しているのが創エネの分野です。エアロゲルは、光を通すけれど熱を通さない、という特性を持っているので、「太陽の光を通すけれどそれによって暖められた熱は逃がさない」ということが可能になると、例えば市民プールの屋上などにあるお湯を沸かすための集熱パネルなどもより高性能化できますよね。それをもっと高効率化して、例えば太陽の熱を集めて蒸気を作れるという話になってくると、工業用としても十分使えますし、いろんな可能性が広がってきます。
実際今でも工場などは、使うエネルギーの半分以上を熱としての利用をしていますが、それなら太陽光発電などで電気を作ってから熱に変えるより、太陽の熱を集めてそのまま熱として使うほうがよっぽど効率がいいですよね。
そうやって産業界に太陽の熱をそのまま活用してもらいCO2排出削減にもつなげようと今パートナー企業さんと次の展開を模索しているところですが、このような創エネの領域と省エネの二軸でエアロゲルを皆さんに使ってもらってカーボンニュートラルの実現に資する素材になったらいいなと考えています。

(清水)本当にすごい素材ですよね。私も初めて見たときからこのエアロゲルを何とか実用化してほしいという思いで、ベンチャー企業に寄り添いつつ、大学も説得しつつ、いろいろ苦労はしましたが、あと一歩で実用化という段階までサポートできたことを大変うれしく思っています。

(山地)これから量産化を実現して、たくさん販売することで京大側の利益にもしっかり結びつけて恩返ししていきたいですね。そのための仕組みを清水さんと作ってきたわけですから。みんなで作り上げてきたこの素晴らしい知財を世に出すというミッションを背負って、今後も頑張りたいです。

エアロゲル「SUFA」の生みの親と育ての親からTLO京都へメッセージ

(清水)引き続きご活躍に期待しております。では最後に、お二人から私どもTLO京都へのメッセージなどいただけますでしょうか。

(中西)京都大学も2004年に国立大学法人になってからは、自分たちで知財を管理してそれで儲けていく必要がありますからね。私の知っている他のベンチャー企業でも、特許使用料などで苦慮しているところはありますが、そういった部分の制度をいろんな条件を大学側と交渉しながらここまで引き寄せてくださったというのが清水さん、そしてTLO京都さんの大きな功績だと思います。

あとはそうですね。研究者の立場から言うと、例えばそのままでは特許化が難しい発明があったとして、どうやったらそれをクリアできるか、あるいはここを強化すればさらによい発明になるのでは、というような提案を今以上にしていってもらいたいと私は思っています。

研究者にはない発想や切り口で可能性が広がるフィードバックされたら、研究者自身もさらに頑張るぞと、より強い二人三脚が成り立っていくと思うのでね。

(清水)そうですね、そのお言葉を噛みしめて、我々も今まで以上に知財に対する幅広い知識と多角的なものの考え方を身につけて、より一層提案力・調整力を磨いていきたいと思います。

(中西)まあ、清水さんは常に何とかできないかという想いを持たれて、ずいぶん粘り強くやってくれていますけどね。

(清水)いえいえ、私にはそれしかできないので(笑)。山地社長からもひと言いただければ。

(山地)TLO京都は技術の事業化という部分に関して、その橋渡し役と位置づけられていると思います。その中で、我々と一緒に前例のないことに取り組んでくれて、お互いいろんな人に怒られながらゴリゴリと道を作ってきたという、何だか同じベンチャーの同志のような気もしているんです。そうやって今後も共にやっていければいいなと思いますし、ウチだけじゃなく他にも事業化できる知財はまだたくさん眠っていると思うので、それらの橋渡しを、同じようにやっていただければと思います。

(清水)そうですね、これからも頑張ります。中西先生と山地社長、本日は誠にありがとうございました。

発明者の研究に対する想い、「エアロゲル」で、人々の暮らしと社会に変革をもたらしたいという熱い想いが伝わってくる対談となりました。
今後も産学連携情報プラットフォーム Philo-では、株式会社TLO京都の製品化事例や最新発明情報を発信していきたいと思っております。今後もご注目ください。

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