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「iPS創薬」で、治療法のない難病に有効な薬を探索

株式会社幹細胞&デバイス研究所

株式会社幹細胞&デバイス研究所(SCAD)は、患者さんの血液からのiPS細胞の作製とそのiPS細胞から神経系細胞や筋肉系細胞の病態モデルの作製を得意とする企業です。患者さんのご協力を頂きながら進めるSCADの研究開発は、治療手段のない疾患の病態の理解や治療薬の開発に貢献する事が期待されます。京都iCAPは、SCADの取り組みが、将来、難病で苦しむ患者さんの新たな治療オプションの創出に貢献するであろうと考えています。

京都大学イノベーションキャピタル株式会社 投資担当者より

患者由来のiPS細胞を利用し、確立された治療法がない難病の治療薬開発につなげる――。そんな「iPS創薬」の事業を展開しているのが、2014年5月に設立された株式会社幹細胞&デバイス研究所(SCAD)である。同社は、患者の血液から作製したiPS細胞を使って細胞レベルで病気の状態を再現する疾患モデル細胞の開発を進めており、この疾患モデル細胞を活用した創薬候補化合物の探索を始めている。難病とされる疾患は、世界に約7000種類存在し、日本では333種類の疾患が難病指定されている。その中でも、SCADは現在、遺伝性の末梢神経疾患であるシャルコー・マリー・トゥース病(CMT)を対象にした研究開発に取り組んでいるという。同社の事業の現在地と目指す未来像を、代表取締役の加藤謙介氏に聞いた。(聞き手:伊藤瑳恵  2021年11月取材)

戦略の重要性を痛感、技術者から経営者へ

加藤さんはもともとエンジニアでいらっしゃったのですよね。

加藤 もともとは機械工学系の研究者・技術者として、国立研究所である工業技術院(今の産業技術総合研究所)や日立製作所で、研究や事業開発の仕事を行ってきました。研究者・技術者として働く中で、当初は“世界初”や“世界トップ”の技術を作り上げることこそが最重要課題と考えていました。しかし、がんばって開発したそうした技術が必ずしも事業として成功するわけではないということを幾度となく経験しました。“世界初”や“世界トップ”の技術を単純に目指すことよりも、むしろ、新たに創り出す価値を実用化させ、かつ事業として成り立たせるマネジメントや戦略がさらに重要なのではないか――。そう感じ、その後、自分の専門を技術経営に転向させることにしました。

事業の向上のため、研究者から経営側へと転向されたのですね。SCAD設立に至った経緯を教えてください。

加藤 日立製作所にいた頃から、設計課長として収支責任を負う立場を任されたり、企業内大学院で次期経営者養成プログラムに参加したり、さらに専門知識を入れるために自ら経営大学院に通ったりと、経営について学んでいました。その後、先端技術の事業化マネジメントに特化した東京工業大学発ベンチャーを設立。そこでの活動を通じて、現在SCADの取締役最高顧問を務める京都大学名誉教授の中辻憲夫先生と出会いました。
当時、中辻先生は京都大学物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)の設立拠点長を務められていて、そこで研究されていた幹細胞技術の事業化について何度か話し合う機会がありました。「幹細胞関連技術を実用化し、社会に貢献させるためには、大学での研究活動にとどめずに、ベンチャー企業を設立して事業化に向けた取り組みを行う必要がある」とした意見が合致し、ともにSCADを設立することとなりました。

加藤謙介 代表取締役

患者血液由来iPS細胞を使って難病の治療法を探索

貴社で展開されているiPS創薬の事業について教えてください。

加藤 SCADでは、iPS細胞を使った創薬探索を行うことを目指しています。具体的には、(1)患者の血液からiPS細胞を作製して疾患モデル細胞を開発すること、(2)疾患モデル細胞を用いて薬の効果を判定する創薬評価システムの開発や提供を行うこと、を通じて、難病治療薬の研究開発に貢献したいと考えています。
(1)については、まず、患者さんの血液からiPS細胞を作製します。このiPS細胞を疾患の対象となる神経や筋肉などの細胞に誘導(変化)させると、細胞レベルで病気の状態を再現した疾患モデル細胞を作ることができます。そして、疾患モデル細胞に対して薬の候補物質を投与して(2)の創薬探索を行います。既に特定の疾患に有効とされている治療薬から新たな薬効を見つけ出して別の疾患の治療薬とする「ドラッグリポジショニング」を含めて、病態を改善する薬を探索・特定し、製薬企業へのライセンスアウトを経て、最終的には治療薬として承認してもらうことを目指しています。
ヒト血液由来成分を使った事業を行うことに際しては、厚生労働省と内閣府から、国家戦略特別区域法に基づく特定認定と事業認定を受けました。つまり当社は、患者血液由来iPS細胞から疾患モデル細胞を作り、創薬探索を行うまでの事業化を認定された日本で唯一の企業です。

iPS細胞の活用で、どんなことが期待できますか。

加藤 これまでのところ、95%の難病には治療薬が存在しません。これは、患者数が少ないことや、例えば神経などの検体採取は容易ではないこと、動物モデルが必ずしも開発されていないことなどがから、創薬研究向けのサンプルを入手することが困難なためです。こうした課題は、iPS細胞を活用することで解決することができます。遺伝性稀少疾患の患者さんの血液の遺伝子には、疾患の情報が含まれています。このため、患者さんの血液由来のiPS細胞から、病態を再現した疾患モデル細胞を作ることが可能となります。iPS細胞は大量に培養することができるので、ここから疾患モデル細胞を大量に作製すれば、数千種類以上もの多くの候補化合物を投与して薬効評価することも可能となります。

現在までの成果を教えてください。

加藤 現在は、京都府立医科大学と共同で、遺伝性末梢神経障害で最も患者数が多いシャルコー・マリー・トゥース病(CMT)を対象にした研究開発を進めています。CMTは、髄鞘や軸索の変性などが原因で、手足の筋肉が萎縮していく神経の疾患です。世界に約280万人の患者さんがいるとされていますが、有効な治療法はまだありません。これまでに5人の患者さんの血液からiPS細胞を作り、病態を再現した疾患モデル細胞を開発しています。薬効評価の技術について特許の出願準備を進めているところです。成果として、あくまで研究段階ですが、細胞レベルで効果の兆候が認められた物質を特定しました。これについても物質の用途特許の出願準備を進めています。今後、治療法として活用できるものであるか、まずは候補物質として非臨床での検討を進める予定です。

シャルコー・マリー・トゥース病の疾患モデル細胞を顕微鏡で観察している様子

患者さんのことを第一に考え、早急な事業展開を目指していらっしゃるのですね。

加藤 以前、女性の患者さんから、「CMTは遺伝病だから結婚することを躊躇している。もし治療薬ができたなら、ぜひ結婚を考えたい」というお話を伺いました。この事業を早急に前に進めなければいけないと、一層気が引き締まりました。このほかにも、患者さんやご家族の方から、「何か手伝えることはないか」「取り組みに期待している」というお声をいただくことが多く、我々の取り組みへの期待が大きいことを感じています。
今後は、CMTのような神経変性疾患に加えて、筋疾患や神経筋接合部疾患についてもiPS創薬の事業を展開して参ります。さらに、稀少疾患の研究開発に対する優遇措置が充実している米国などへの海外展開も視野に入れています。

ベンチャー企業は、信用を積み重ねてこそ成長する

ベンチャー企業の経営で、どのような困難がありましたか。

加藤 最も苦労したのは、信用を獲得することでした。設立当初は、ベンチャーキャピタルからの投資や助成金の採択がなかなか叶わず、人材や資金も含めて全ての経営リソースが不足している苦しい状況から始まりました。小規模ながらも活動を続け、京都市からのベンチャーAランク認定や、京都府による開発助成金に採択されたところ、ベンチャーキャピタルから注目してもらえ、出資を受けられるようになりました。出資を受けられると、人材を採用することができ、事業が加速を始めました。その後の経産省による地域未来牽引企業への選定や、内閣府と厚労省による国家戦略特区での事業認定など、信用の増加へつなげることができました。起業の初期から、ひとつひとつのイベントごとに真摯に向き合い、積み重ねると、信用も少しずつ積み重なります。これは成長を急ぐベンチャー企業であっても省略できない基本姿勢だと考えています。また、キャピタリストの上野博之さんを始め、京都大学イノベーションキャピタル(京都iCAP)は創薬事業への理解が深く、大きく助けられています。
上野 SCADは京都iCAPにとって最初の投資先の一つでした。2008年のリーマンショック後、2016年頃までベンチャー企業への風当たりが強い状況が続いていました。そんな中で、SCADを設立された加藤さんは、近年増加している京都大学発ベンチャー企業の先駆けとして相当な苦労があったと思います。加藤さんのような方の活動のおかげで、この5年でベンチャー企業を見る目が変わってきたことを感じます。

起業やベンチャー企業に興味のある人へメッセージをお願いします。

加藤 起業した瞬間から、間違いなく、たくさんの困難が待ち受けていると思います。それでも、社会的に十分な意義と価値のある目標を掲げて、実際に行動を起こして下さい。同様な考え方を持つ仲間ができるはずです。私が大切にしているのは、こうした仲間を増やすことと、誠実でいること。ベンチャー企業は一人だけでは成長もできず、企業単独でも存続できません。周りの方に味方になってもらい、いかにご支援いただけるかが重要です。そのためにも、事業や成果、接する人に対して誠実に向き合うことが大切と考えています。

(左から)上野 京都iCAP投資第二部長、加藤 代表取締役、木下耕史 主任研究員

この記事は、京都iCAPのウェブサイトに掲載されたものです

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